彼はアイドルではなく、歌もダンスも自ら生み出し、チームをディレクションするクリエイターだった。自らの創造性を全面に打ち出すビジョンを明確にし、それを貫くために闘い、差別や不平等の壁を打ち破り、新たなカルチャーを切り開いていく。
その過程では、すべてにおいて完璧を求めるなか、家族にも内緒で整形手術を受けるシーンもあり、自由=自分の人生を求める彼の葛藤も率直に描かれる。偶像ではなく、生身の人間としてのマイケルの姿が、数々の名曲と珠玉のパフォーマンスに彩られて映される。
心を打たれるシーンや音楽が盛りだくさんだ。涙がこぼれそうになる場面もある。ただ、同時に思うこともあった。
50代以上が涙する「名曲」の数々
この映画が名作か否かは、観客の世代や属性で異なり、それによって映画そのものの意味合いも変わってくるだろう。
50代以上であれば、中高生時代の多感な思春期に洋楽もマイケル・ジャクソンの曲も通ってきている人も多い。そんな層は、本作の中盤くらいですでに心を撃ち抜かれているに違いない。
個人的には、ラストの1988年のウェンブリー・スタジアムの「バッド」のライブパフォーマンスよりも、中盤の「ビート・イット」や「スリラー」のMV(ミュージックビデオ)撮影シーンにやられた。
とくに、徹底的にクリエイティブにこだわったことが感じられる「スリラー」は、まるで当時のリアルの撮影風景を観ているようだった。本物のMVは、13分ほどのショートムービーになり、マイケル本人がプロデュース、脚本、振り付けにクレジットされているが、本作にはそれをにじませるシーンが盛り込まれている。
「ビート・イット」のMVは、L.A.のギャング抗争が世間を騒がせた時代に、音楽を世界共通語として愛と平和を説き、実際のギャンググループのクリップスとブラッズのメンバーが出演し、スキッド・ロウで撮影されたことが知られているが、まさにそのシーンを再現していた。
彼らに会いに行くマイケルの意志も行動力も、ダンスを指導する姿もクールだ。彼のエンターテインメントへの熱き思いに心が揺さぶられる。

