九州にもユニークな多層建て列車があった。急行「出島」は長崎―博多・小倉間を結ぶ列車で、途中の諫早で島原鉄道からの直通車両を連結。肥前山口(現・江北)では長崎から併結してきた熊本行きの急行「ちくご」を分割する一方で、佐世保発の急行「弓張」を併結して小倉へと向かうという運用だった。島原鉄道の車両を連結しているのがポイントだった。
大都市からローカル線へ直通
大都市圏から非電化ローカル線へ直通する列車も多かった。たとえば常磐線・水郡線を走った急行「奥久慈」は、上野から水郡線に直通する列車だったが、上野―水戸間は急行「ときわ」と併結して走った。「ときわ」は電車急行として知られるが、「奥久慈」を併結する列車は気動車での運転だった。架線の下を走る長大編成の気動車急行は勇壮だった。
今では考えられないようなユニークな経路を走る列車も、自由度の高い気動車ならではだったといえるだろう。筆者が考えるその代表格は、急行「大社」だ。
この列車は名古屋・金沢と出雲大社の最寄り駅であった大社線の大社(1990年廃止)を結んだ急行だったが、そのルートはまさに複雑怪奇といってもいい。

