2026年7月2日。東京・浅草に、一軒のラーメン店が帰ってきた。
その名は「浅草來々軒」。ラーメン好きなら一度は耳にしたことがあるだろう。1910(明治43)年に浅草新畑町で創業し、日本最初期のラーメン店として知られる存在だ。
清湯スープに醤油を合わせた「らうめん」を提供し、現在の醤油ラーメンの原型を作ったともいわれる。最盛期には1日3000人もの客が訪れ、全国に「〇〇軒」という屋号文化を広めたとも語られている。
その名は時代を超えて受け継がれ、『サザエさん』『男はつらいよ』『三つ目がとおる』など数々の作品にも登場した。中華料理店の象徴として親しまれてきた雷紋入りの丼も、來々軒が広めた文化の一つとされている。
まさに日本のラーメン史、町中華史を語るうえで欠かせない存在だ。
「來々軒」は76年、後継者不在によりのれんを下ろした。そして2026年夏。約50年の時を経て、創業の地・浅草で復活を果たしたのである。復活を実現したのは、創業者・尾崎貫一氏の玄孫にあたる高橋雄作さんだ。
「正直、かなり疲れてます」
プレオープン直後の店内でそう笑った高橋さんの表情には、疲労以上に充実感がにじんでいた。
「でも、やれてよかったなと思っています」
その言葉の裏には、数年にわたる葛藤と覚悟があった。
「浅草で來々軒を復活させたい」
來々軒復活の第一章は、20年に始まった。新横浜ラーメン博物館(ラー博)が約30年にわたる調査研究を重ね、創業当時の來々軒を復元するプロジェクトを始動。高橋家の協力を得ながら、名店「支那そばや」の監修のもとで復活を果たした。
しかし、それは5年間限定の企画だった。25年9月、ラー博での営業終了が決まる。高橋さんは当時を振り返る。
「最初は、商品化とかイベント出店とか、そういう形で名前を残していければいいかなと思っていたんです」
だが、現実は違った。來々軒に関心を持つ人は多い。いろいろな企業からコラボの話もある。しかし必ずぶつかる壁があった。

