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日本の政策当局者は円安の流れが止まらない状況に警戒を強めている。円安進行で輸入物価が押し上げられ、家計の負担増加につながりかねないためだ。
1日の外国為替市場では、円が対ドルで約40年ぶりの安値を更新した。米連邦公開市場委員会(FOMC)以降、米国の利上げ観測が高まっていることに加え、米国とイランの停戦合意を巡って先行き不透明感が強まり、安全資産とされるドルが買われた。
政府・日本銀行は5月27日までの1カ月間に月次で過去最大規模となる11兆7349億円の為替介入を実施した。だが、円は既に介入時の水準を超えている。4月下旬と同様、日本の通貨当局がさらなる円安を阻止するために介入に踏み切る可能性が高まっている。
三村淳財務官は1日、ブルームバーグとの単独インタビューで、為替介入について、しばらく円安の加速を食い止めた点で効果があったと振り返った。為替対応を巡る日米関係に関し「これ以上深まりようがないくらい深まっている」とし、当局の連携は最も緊密な状態にあるとの認識を示した。
片山さつき財務相は6月30日、162円台への円安進行に関して、「必要に応じていつでも適切に対応するに尽きる」と改めて市場をけん制。為替対応に「断固たる措置が含まれることは、先般の日米財務相会合でも確認をしている」と語った。
円安の背景は?
円安には複数の要因がある。最大の要因は、超低金利の日本と米国など主要国との金利差だ。投資家は低コストで円を借りて海外の高利回り資産に投資しやすい状況にあり、その結果、円には売り圧力が持続している。日銀は6月の金融政策決定会合で政策金利を31年ぶり水準の1.0%程度に引き上げたが、世界的に見ればなお低い水準だ。
日本の財政見通しに対する投資家の懸念も円安要因となっている。日本の政府債務残高は対国内総生産(GDP)比で200%を超え、主要国で最も水準が高い。慢性的な財政赤字によって、日本の資産や円に対する信認が損なわれる可能性がある。
米国とイスラエルによる対イラン戦争も円安圧力を強めている。エネルギーのほぼ全量を輸入に依存する日本は、地政学リスクを抱えている。原油価格が上昇すれば、日本はエネルギーの輸入代金を決済する際にドルをより多く支払う必要が生じ、円よりも外貨の需要が高まる。
中東情勢を背景とする世界的なインフレ圧力の高まりを受け、市場では米利下げ観測が後退し、利上げを織り込む動きが強まった。これによりドル建て資産の魅力が一層高まり、円にはさらなる下押し圧力がかかっている。
なぜ円安が懸念されるのか?
ここ10年余り続く円安で、多くの外国人にとっては日本が手ごろな旅行先となり、国内の大手輸出企業の利益は押し上げられてきた。
一方、エネルギーや原材料の輸入に大きく依存する日本経済において、円安はコストの上昇を招く。家計に対するインフレ圧力を高めるとともに、内需企業の利益率を圧迫する。こうした物価高に伴う負担増は、高市早苗首相の就任前に二人の首相が退陣する一因にもなった。
日本政府が円安是正を求められる理由は、国内事情にとどまらなない。トランプ米大統領は、円安が日本の製造業に不公正な貿易上の優位性をもたらしていると繰り返し批判してきた。この問題は、日米間の通商交渉でも取り上げられた。
円安を食い止める手段とは?
円安に対応する手段は幾つかあるが、政策当局が最も迅速に講じることができるのが為替介入だ。政府・日銀が外国為替市場で円を売買することで、為替相場に影響を与える。こうした措置は、当局が過度な為替変動を容認しない姿勢を市場に示すシグナルとなり、投機筋による通貨の急落や急騰を抑止する効果も期待される。
日本は長年にわたり大規模な為替介入を実施してきた。かつての介入は主に円安を促すものだったが、近年は逆に円安を食い止めるために行われている。24年に4回実施した円買い介入には総額15兆円規模の資金を投じた。いずれも160円前後で行われており、この水準が介入に踏み切る事実上の目安として定着した。
当局は、実際に円を売買しなくても市場に影響を及ぼすことができる。為替市場への直接介入に先立って、あるいはその代わりに、政府高官が口先介入を行い、過度な変動を容認しない姿勢を示すことで投機筋をけん制する。財務相や財務官の発言に対して市場が即座に反応することもある。当局者は介入までの距離感を意識しながら、慎重に選んだ表現を使い分ける。「断固たる措置を取る」といった言葉が出てくると、実際の介入が非常に近いことを示唆している。
為替介入はどのように行われるのか?
日本は、為替レートは市場で決定されるべきだとする国際的な合意にコミットしている。一方、20カ国・地域(G20)は、過度の変動や無秩序な動きが経済や金融の安定に対して悪影響を与え得るとの認識を示しており、変動が激しい場合には介入の余地がある。
日本では、介入の実施を財務省が決定する。実務は日銀が担当しており、限られた民間銀行との取引を通じて円相場を誘導する。介入の規模は、財務省が求める効果や市場の反応の速さに左右される。
円買い介入に使われる資金は、現金や米国債などで保有する外貨準備から拠出される。24年の円買い介入の際、日本は介入資金を確保するため米国債の一部を売却したとみられる。今年4-5月に実施した為替介入でも米国債を含む保有外国証券を活用した可能性が高い。
市場をけん制するため、政府は通常、介入の有無を直ちには明らかにしない。このため市場参加者は、財務省が月末に公表する月次ベースの「外国為替平衡操作の実施状況」で確認することになる。市場参加者の疑心暗鬼を誘うことも政府の戦略の一環であり、当局者の発言は特に大きな影響力を持つ。
介入の効果は?
日本の通貨当局が為替市場に介入すると、短時間に大きな変動が生じるのが通例だ。過去の例を見ると、介入直後に円はドルに対して数秒のうちに約2円上昇し、数時間で4-5円程度上昇した。もっとも、為替相場を左右する経済ファンダメンタルズ(基礎的諸条件)の課題に取り組まない限り、効果は一時的なものにとどまることが多い。
外貨準備は本来、大規模な金融ショックや不測の事態から経済を守るためのものであり、通貨を継続的に下支えするために活用されるものではない。市場の環境が変わるまでの時間稼ぎにはなり得るものの、単独介入では市場全体の流れを反転させる可能性は低い。
為替介入の限界も浮き彫りとなった。当局が4月30日、さらにその後数日間のうちに介入したとみられる局面で、円は対ドルで急伸するなど効果は即座に表れたが、その勢いは長続きしなかった。6月初めに再び160円前後まで下落した後も流れは変わらず、7月1日には162円84銭と1986年12月以来の安値を更新した。
為替介入を継続できるのか?
問題は、政府が介入を続けられるかどうかではなく、どのような場合に介入することに意味があるのか、適切なタイミングはいつかということだ。財務省は5月末時点で1兆900億ドル(約177兆円)の外貨を保有しており、介入余力は十分にある。ただ、相場を左右する市場の力学を変えることができなければ、繰り返し介入する意義は乏しい。
政府・日銀が考慮すべき点は他にもある。為替介入による急激な相場変動は、商品の価格設定や支払い、為替変動リスクをヘッジする企業の対応を難しくする。それまでの相場の流れが続くと見込んで投機的な取引を行っていたトレーダーに多額の損失をもたらす可能性もある。
政府にとっても介入には政治的・外交的なリスクも伴う。特に円売り介入は、輸出企業に有利に働くため、為替操作との批判を招く恐れがある。一方、円買い介入であれば、そうした批判は受けにくい。
円安への他の対応策は?
為替介入以外にも、日本は金融・経済のファンダメンタルズに働き掛けることで円安に対処することが可能だ。理論上、金融引き締めによって日米の金利差が縮小すれば、円建て資産の魅力が高まり、円を支える効果が期待できる。もっとも、日銀が24年3月にマイナス金利政策を解除する直前と比べて、日米の政策金利差はすでに半分以下に縮小したが、円安基調は続いている。
この他、海外にある資金を日本に還流させ、国内投資の拡大を企業に促すことも選択肢となる。国内投資が増えれば円建て資産への需要が高まり、経済成長の加速によって海外投資家にとっても日本がより魅力的な投資先となり得る。高市首相は6月、AIや半導体、防衛、造船など戦略分野への民間投資を促進し、日本の成長率引き上げを目指す成長戦略を公表した。
政府支出の抑制や膨張する政府債務の削減といった財政改革も、財政への信認を高め、日本の資産の魅力を向上させることで、中長期的に円を支える要因になり得る。
とはいえ、これらの施策はいずれも効果が表れるまでに時間を要する可能性が高い。ニッセイ基礎研究所の上野剛志主席エコノミストは、目立った円高材料もなく、政府が取れる手段も短期的には限られていると指摘。市場は「それを見透かして円安が進んでいるところもある」と述べた。
円安に対する米国のスタンスは?
米当局は過度の円安進行に対して敏感だ。1月にニューヨーク連銀が米財務省に代わって主要銀行に対し参考となる為替レートの提示を求めるレートチェックを実施すると、その後、円は急反発した。
円安を長年批判してきたトランプ大統領は昨年3月に一段と強硬な姿勢を示し、対抗措置として日本製品への関税を示唆した。日本は米財務省の為替慣行に関する「監視リスト」の対象に引き続き含まれているが、為替操作国と認定される判定基準に全て該当しているわけではない。
昨年9月には日米財務相共同声明を発表。為替介入は過度な変動や無秩序な動きに対処する場合に限定されるべきであり、競争上の優位性確保を目的で行うべきではないとの認識で一致した。実務上、この枠組みは必要に応じて日本に一定の対応余地を与えるものとなっている。実際に介入する場合は通常、事前に米当局に伝えられるが、円高を促す介入なら容認される可能性が高い。
ただ、ベッセント米財務長官は、適切な金融政策運営を継続すれば、円相場は適正な水準に落ち着くとの見方を示している。これまで日本政府に対しては、インフレ抑制に取り組むための裁量の余地を日銀に与えるよう呼び掛けている。
原題:Why Hasn’t Japan Been Able to Stop the Yen’s Slide?: Explainer(抜粋)
--取材協力:グラス美亜、梅川崇.
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著者:氏兼敬子、横山恵利香
