2026年3月には、松山空港に同社初の飲食業態となるStand Bar「Tabijio」を開店した。そこでは、塩おでんや塩ビールなどが楽しめ、最近ではテイクアウト営業も行っている。Stand Bar「Tabijio」のコンセプトを決めた背景について、石丸社長は「ちょっと軽く飲めるようなお店があまりないので、そのニーズに応えるのはどうかという提案を社外から受けました。そこで、物販ではなく、軽くお酒が飲めるお店にしました」と明かす。
伯方塩業のビジネスの大部分は、スーパーなどの小売店や飲食店へ売るBtoBで行われる。一方、近年オープンした2店舗は、伯方の塩の関連商品を販売し、塩の面白さを直接消費者に伝えるBtoCの動きである。これは、伯方塩業の成り立ちや理念と地続きのものであった。
国は、塩の品質や安全性よりも大量生産に舵を切った
伯方塩業が創業した1973年──それは、新幹線が延伸し、高速道路網が広がり、日本中が「効率化」と「大量生産」に突き進んでいた時代。高度経済成長の真っただ中だった。伯方島がある瀬戸内海沿岸は、江戸時代より塩の一大生産地であり多くの塩田が存在していた。
当時の伯方島での塩作りは、ゆるやかな傾斜をつけた斜面と竹の枝を組んだやぐらを併用して、太陽熱と風の力で海水の水分を蒸発させ濃い塩水をつくる。これを釜で煮詰めて塩の結晶にしていく製法だった。だが読めばわかるとおり、非常に手間と労力を要する。
そんな中、塩生産に大きな転換点が訪れる。1971年に、塩業近代化臨時措置法が制定されたのだ。
「当時の日本の塩作りは非常に手間がかかり、外国の塩と比べると効率が悪く、コストも高い。そこで電気化学的な製法に切り替えることによって、大量生産を目指すことになったのです」(石丸社長)
そこで生まれたのが、「イオン交換膜」の利用による工業的な大量生産ができる製塩。しかし、問題もあった。石丸社長は話す。
「この製塩法は効率を優先にしているため、できた塩に“にがり”がほとんど含まれていないのです。また、世界でも食用にした前例がなく、安全性が十分に確かめられていませんでした。品質や安全性よりも大量生産に舵を切ったといえます」

