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「人の死に慣れることがない、慣れたくないと思っているんです」
取材中、涙で眼を赤くしながら奈良シニア大学の代表・矢澤実穂さんは、ぽつりと言った。
前編で紹介した、活気あふれるシニアたちの笑顔とは裏腹に、彼女がこの場所を創り上げるまでの道のり、そして根底にある思いは、想像以上に壮絶なものだった。
「誰にも話したことはなかったですね。忙しくて、自分のことを振り返る余裕がなかったです」
人のために捧げてきた道のりだったからだろう。福祉の現場は、きれいごとでは済まないことの連続だったという。
シニア大学を立ち上げた原点
かつて高齢者向け介護施設で働いていた矢澤さんはたびたび、利用者の死に直面した。
ある男性は、ベッドの上で息を引き取る間際に「カレーが食べたい」と叫んだ。しかし、身体の状態を考慮すると食べさせてあげられず、矢澤さんはただその声を聞くしかできなかった。
また別の男性は「他人の世話になるくらいなら」と、介護を受けることへの葛藤を抱えた末、自ら命を絶った。遺された家族が泣き崩れる姿を前に、矢澤さんは立ち尽くしたという。

