一方、料理経験がほとんどないまま、台所の担い手になる人が増えたところへ検索が手軽になり、「レシピがないと料理できない」と思っている人も増えた。そうした人たちにとって、レシピは料理するためになくてはならないマニュアルである。
そして、時代に関係なく、やがてレシピに頼らなくなる人にとっては、新しい料理に挑戦する際のガイドである。
親から子、姑から嫁へ、料理が伝達されていた時代は、食材・調味料の分量や作る手順は「見て覚える」形が中心だった。20世紀に入ると、家庭料理のレシピが書籍その他で公開されるようになる。サラリーマン家庭が誕生した頃、西洋料理は洋食へ、中国料理は中華へ、と日本人好みにアレンジされ、主婦雑誌などでレシピが紹介されるようになると利用者も増えた。
その後、ラジオ、テレビ、とメディアが多様化するにつれて、レシピ利用者も拡大してきた。この100年余りの期間、日本人が食べる料理のバラエティは拡大し続け、常に新しいレシピは求められ続けてきたと言える。
レシピは、新しい料理を教えるだけではない。
例えば同じ料理でも、時代によって人々の好みは変わる。昭和半ば頃は甘味を好む傾向が高かった。しかし、ここ数十年はスパイシーな味わいや濃厚さを求める、あるいはより強いうまみを好む傾向が増していった。スパゲッティも、イタリア料理がブームになったバブル期までは、柔らかくなるまで茹でていた。このように好みが変わるのに合わせてレシピも変わっていく。
新しい素材も出てくる。流行の料理を知りたい人もいる。ある時期は時短、ある時期は手軽にバリエーションを出したい、ある時期は手の込んだハレの料理を求められるなど、利用者が求める機能は次々に変わる。向上心が強い料理好きは、よりおいしく作れるレシピを探し続ける。
そうした幅広い要求に応えるのが、料理家たちの仕事でもある。料理家たちは、レシピ考案のたびに何通りも試作し、どの手順が、あるいはどの組み合わせが、どの調味料をどのぐらい入れれば最適解かを選び、限られた文字数でどのように表現するかを考えている。
家庭料理にもレシピは必要だ
このような事情で、時代の変化が激しいときは特に、家庭料理にレシピは必要である。また、日常的にレシピを使わず料理する人も、めったに作らない保存食やおせちなどの行事料理を作る際、あるいは目先を変えたいなど初めての料理を作るときは、レシピを参考にするはずだ。また、もし災害などでライフラインが機能しなくなったら、どんな調理法があるか教えてくれるのも料理家などが考案したレシピだろう。
「レシピ」とは、英語の「処方箋」から生まれた料理用語だ。私たちが日々、満足して食べていくために、必要不可欠な処方箋なのである。

