発見された時には、すでに多数の臓器に転移していたという。
「抗がん剤とか放射線の治療でちょっと復活はしたんですけど、最後は脳や肺にも転移して。
見つかった時点でどうにもならない状態でした。でも実は僕自身はそこまで深刻に考えてなかったんです。今思えば知識がなかったからなのですが、抗がん剤や放射線をやったら治ると思っていました。彼女の様子も、全然普通だったので……」
ところが思った以上に病の進行が速く、半年後には植田さんはほぼ全ての仕事を中断し、妻に付き添うことになる。
「脳に転移したときに、普通に歩いていても転んでしまうようになった。それで、いよいよ彼女は長くないんだなと。素人の自宅介護ではどうにもできず、入院。僕も病院に泊まり込んで付き添うようになりました」
街のいたるところにある妻との思い出が辛かった
2024年11月。美智子さんは44歳で亡くなった。闘病生活に寄り添う時間はあっという間に過ぎ、残された植田さんには大きな喪失感とともに、治療費や葬儀費用が重くのしかかった。
「美智子のために時間を使おうと仕事を入れませんでした。今までの貯金を使い、自分の生命保険も解約して、全財産使いました。
卵巣がんのような発見されにくい癌に対して、どうか皆さんに備えて欲しい。子宮頸がんの検査をしている人は多いけど、卵巣がんは見過ごされがちなんです。そしてがん治療は、とてもお金がかかることも知っておいて欲しいです」
