――近年、没入型体験施設が注目されている。「星のや」というラグジュアリーブランドではなく、「監獄ホテル」的なものにする選択肢はなかったか。
その選択肢は最初からなかった。理由として、まずラグジュアリーホテルの需要が十分にあると判断されたことが挙げられる。
また、奈良監獄には多くの人たちが実際に収監されてきた歴史があり、現在も各地の刑務所では多くの人が服役している。一般の人が監獄の疑似体験をして「楽しかった」と感じるような施設にしてしまうと、服役囚の生活や刑務所の歴史を軽んじることにもなりかねない。そうした観点からも、「監獄体験」を前面に出したホテルという選択肢は考えなかった。
その代わりにミュージアムでは、監獄の歴史などの展示を通して、自分事として「自由って何なんだろう」と考える機会を提供している。
さらに、旧奈良監獄が重要文化財に指定されているのは、「監獄」だったことが理由ではない。建築そのものが極めて優れた文化財として評価されているからだ。だからこそ、建築の美しさや空間の豊かさを体感していただくホテルにしたいという思いもあった。
――星野代表ご自身は、旧奈良監獄の建物のどのようなところが素晴らしいと思うか。
旧奈良監獄は、国の威信をかけ、採算など最初から考慮せずに建設された建物だ。今の時代に、あれだけの建築物をホテルとして新築し、採算が取れるということはまずありえない。天井高ひとつをとっても、あまり高くすれば建設費や維持費がかさみ、採算性は低下する。
そうした圧倒的なスケールと空間を有する建築が、ホテルとして活用され、その空間に実際に宿泊できる。そこに「星のや奈良監獄」の最大の価値があると考えている。
「歴史的価値」を受け継ぐ難しさ
――旧奈良監獄は5つの獄舎のうちの1つが、活用を前提とする改修を行わず、遺構として保存・公開されている。一方、同じく「レガシーホテル」として、この4月に開業した旧横浜市庁舎の行政棟を活用した「OMO7横浜」は、建物外観は当時のままだが、内装はほぼ全面的に改装されている。保存と活用の両立の難しさを感じるが。
旧横浜市庁舎は昭和を代表する建築家、村野藤吾氏の設計による。その歴史的価値を継承しつつ、ホテルとして機能させるというのは、たしかに難しい作業だ。
例えば、「OMO7横浜」のパブリックスペースには、旧横浜市庁舎の象徴であった旧市民広間の大階段の一部を活用し、再構築している。その滑らかな曲線を描く手すりは村野デザインの象徴ともいえるものだ。だが、現在の安全基準に照らすと高さが低すぎ、そのまま活用するのは難しい。そこで、目立たないように新しい手すりを併設した。
我々が重視したのは、「市庁舎」を残すことではない。村野氏の建築デザインの素晴らしいところ、空間を残すということだった。この考えに従い、村野氏がデザインしたエレベーターホールのフロア階数のサイン(数字)や、タイルアート、当時の家具の一部なども保存している。

