こうしたことが功を奏し、建物に足を踏み入れると、近年の効率を重視した新築ホテルとは、まったく違う感覚がある。実際に旧市庁舎で勤務した経験のある方からは、「エレベーターホールで待っていると、当時の空間に戻ったような気がする」と言っていただけたこともある。
歴史的建築物を活用する上での重要な要素として、建物そのものだけでなく、その空間が持つ記憶や体験を継承するということもある。そうした意味では、保存と活用の両立はある程度成功していると言ってもよいのではないか。
「文化の継承」が重要な要素に
――レガシーホテルはインバウンドにも注目されそうだ。話は変わるが、星野代表は欧米豪にも足を運び、プレスツアーを行っていると聞く。海外に向けて日本の魅力を伝える際、特に重視していることは何か。
日本のインバウンド政策の最大の課題は、訪問先が大都市圏に集中しすぎている点だ。だから、私は海外で日本を紹介するときには、東京、大阪、京都以外を中心に紹介するようにしている。具体的には日本の国立公園や、地方文化の素晴らしさだ。
こうした地道な活動は、少しずつ成果として現われてきている。例えば、温泉旅館の「界 津軽」では宿泊客に占めるインバウンド比率が20%に達した。10年前には考えられなかった数字だ。また、「リゾナーレ下関」は『TIME』誌で紹介された。これは、私たちが海外での発信を続けるなかで関係を築いてきた旅行ジャーナリストが推薦してくださったことによる。
地方の魅力を海外に伝え続けることで、日本の観光地の選択肢は少しずつ広がってきていると感じている。そして実際に足を運べば、そこにはまだ知られていない日本がある。素朴な文化や自然、美味しい料理、地元の人たちとのコミュニケーション。そういったものが受け入れられているのだろう。
――温泉も、そうした地方の魅力のひとつだろう。「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録に向けた動きがあるが、星野リゾートとして、今後、温泉文化をどのように発信していくか。
ユネスコ無形文化遺産登録においては、「文化の継承」というのが重要な要素になっている。言い方を変えると「昔、そういう文化がありました」ではだめなのだ。
その文化を継承する人がいるのか。担い手を育てているか。そういう部分が問われる。その意味で温泉旅館では、地域の食文化や和風建築、日本的な「おもてなし」、そして温泉に浸かる習慣が、いまも日常的に実践されている。
温泉文化は、旅館で働く人々によって受け継がれ、宿泊客へと伝えられている。つまり、旅館そのものが温泉文化の継承の場であり、旅館で働く人たちは文化継承の担い手なのだ。こうした温泉旅館の役割を、国内外へ向けて広く発信していきたい。
―――インタビューを終えて―――
旧奈良監獄の再生から温泉文化の発信まで、一見異なるテーマに見えるが、その根底には「何を残し、どう受け継ぐか」という問いが流れていた。文化財も地域文化も、黙っていれば消えていく。担い手を育て、活用しながら次世代へつないでいく。その重要性を改めて考えるきっかけとなった。

