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3度沈んだ「廃墟百貨店」を蘇らせたのは「電気屋」だった…広島・福山そごう跡地、30年目の逆転劇

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「iti SETOUCHI」の週末のイベント風景(写真:iti SETOUCHI)
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1992年4月29日、人口約45万人の広島県福山市に、地下2階地上9階、売り場面積3万4400m²の巨大な百貨店「福山そごう」が開業した。バブル絶頂期に計画された建物は、その後の閉店時に「イタリアの小さな山がひとつ消えた」と囁かれるほどふんだんに大理石を用いた、贅を極めたものだった。エントランスホールや吹き抜けの太い大理石の柱は1本1億円、からくり時計は1億円、建物全体の総工費は300億円と噂された。

福山そごう正面入り口にあったからくり時計(写真:福山駅前商店会)

立地は、申し分なかった。福山そごうから新幹線が停まる福山駅までは400メートル。1979年から徐々に開通した西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)もあり、中四国全域からの集客が見込まれた。館内には、地元ではそれまで見たこともないような商品がきらびやかに並ぶ。アルバイトやパートを含めて1500人ほどが働き、開店初日には15万人もの客が訪れたという。

建物周辺だけでなく、福山駅まで行列が続いた(写真:福山駅前商店会)

「そごうへ行く人、そごうから帰る人で、周りの道路はあふれかえっていました。ひとつの『まち』ができたようだと感じました」

福山駅前商店会会長の横溝誠さんは、当時をそう振り返る。福山そごうから150メートルほどの場所にある横溝さんの理容室をはじめ、近隣の商店もそごうを目当てに来た大勢の客で賑わっていたそうだ。

レストランフロアには川が流れ、屋上には遊園地がある――百貨店は子どもにとっても大人にとっても“非日常”だった。

だが、その栄光は長くは続かなかった。

レストランフロアには川が流れていた(写真:福山駅前商店会)

3度沈んだ「巨大なハコ」

開業後まもなく、バブル経済が崩壊する。また、福山市でも郊外型の大型商業施設が次々と建設され、福山そごうの客足は激減していった。2000年7月のそごうの経営破綻にともなって、同年12月25日――クリスマスに、福山そごうも閉店した。開業から、わずか8年後のことだった。

駅前の空洞化を懸念した福山市は、2002年3月に土地と建物を取得。中心市街地の活性化と雇用の創出を目的に、福山市から民間事業者へ運営を委託する形で再出発した。

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