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思考をなんでも生成AIに外注できる時代…「自分とは何者か」を探るために「自分の脳」の役割を検証してみたら

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女性と脳
AIに「私」の代わりができるのならば、「私」とはいったい何か?(写真:metamorworks/PIXTA)
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OSがモニターに意味のあるものを表示するための土台になるように、意識は精神が発現する可能性を広げる。

OSがあれば、ワード、フォトショップ、エクセルなどを使って作業することだってできる。こういうソフトウェアに当たるものには、記憶、アイデンティティ、学んだ内容、発達した能力などがあるだろう。

感覚と観念が人間の内面世界を構成する

いちばん重要で不思議なのは、意識だ。

僕たちの頭のなかにも大きなモニターがある。目を開けているか閉じているかに関係なく、外の世界とは別の内面世界が広がっているのだ。

意識のうえにはイメージ、感覚、感情、観念、言語などが、ごちゃ混ぜになってあらわれていて、質的なちがいによって2つに分類できる。ハードウェアから来るものと、ソフトウェアから来るものだ。

まずハードウェア、つまり感覚器官から来るさまざまな刺激がある。身体の感覚器官とつながっている感覚対象は5つある。目、鼻、口、耳、皮膚から来る色、匂い、味、音、触感だ。

ハードウェアから来るこれらのイメージ、つまり感覚器官で感じ取って意識に入ってくるコンテンツを「感覚」または「知覚」という。

これとは別に、ソフトウェア、つまり記憶や精神から来る刺激がある。これを確認するためには、三角形を思い浮かべてみたり、昨日食べたものの匂いを思い出したりしてみるといい。

これらは感覚器官がリアルタイムに感じている刺激ではなくて、自分の精神に残っているか、一度処理されて意識の世界に表示することができるものだ。これを「観念」という。

まとめると、意識の上にあらわれるものには2つの種類がある。1つは外部からの感覚で、もう1つは内面から来る観念だ。

感覚と観念は、内面世界を構成する材料になる。

意識とは、内面世界を持つ能力だ。このような能力で構成された世界の真ん中に自分がいる。僕が生きているということは、いまの僕が、自分を基準に世界を再構成していることを意味する。

世の中には2つの種類の人がいる。意識がどんなものなのかを実際に理解している人と、理解していると思っているだけの人。

自分の主観的な世界である「意識」をしっかり理解すると、世界はさらに神秘的になる。

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