医師はとにかくエリート意識が強く横柄で、他の職員や患者を見下していることが、すぐにわかった。看病婦などは雑用係としかみなされていなかったという。だが、和や雅たちがより失望したのは、医師に見下されても無理はないような、看病婦のレベルの低さだったようだ。
すでにナイチンゲール方式を学んでいる彼女らにとっては、感染症への意識も低く、素手で血や包帯を触る看病婦らの行動は信じがたいものだった。実習先で失望を深めるに連れて、桜井女学校の仲間の間ではこんな習慣が定着したと、のちに和は振り返っている。
「2週間ごとに日の出の時間に集まって、医師や患者、無知な看病婦の為に祈りました」
これでは看病婦たちとの溝は深まるばかりだが、彼女らなりのストレス対処法だったのだろう。ともに働くには「相手に看護の知識がないだけで、仕方がないことだ」と言い聞かせるほかなかったのかもしれない。
思えば、ナイチンゲールもまた両親に反対されながらも、念願の看護婦となり、クリミア戦争に従軍したときに、同じ類の失望を味わっていた。
クリミア戦争が勃発したのは、ナイチンゲールがロンドンで看護婦として働き始めた1年後のことである。戦地への従軍を依頼され、ナイチンゲールはシスターや看護婦など38名のチームを率いて、戦地の野戦病院へ入った。
だが、到着した一同は、信じがたい光景を目にすることになる。病院とは名ばかりで、部屋にぎっしり詰め込まれたベッドに、ただ病人が収容されているだけだった。
廊下には、何日間も放置された便器が置いてあり、壁は湿気で水滴だらけ。イギリスのスラム街よりも劣悪な環境で、病院で死亡した4分の3が、戦場の傷ではなく、病院で罹患した病が原因だったという。
そんななか、ナイチンゲールがまず行ったのが、徹底的な清掃である。これだけの状況だと容易ではないが、ナイチンゲールは、根本からの病院改革に着手した。
ここまでのギャップではないにしろ、和や雅らも「一体、ここはどうなっているの?」という思いは共通していたことだろう。
乳がん患者に寄り添って医師に怒鳴られる
やたらと偉そうな医師、意識の低い看病婦たち……ほとほと嫌になったのだろう。ある日、和は爆発することになる。
朝ドラ「風、薫る」では、りんが乳がんを患う千佳子(演:仲間由紀恵)の気持ちに寄り添おうとする様子が描かれた。
モチーフとなっている和も乳がんの患者から「一晩でいいから付き添ってほしい」と懇願されたことがある。それだけ不安だったのだろう。和は事務所に了解をとったうえで、つきっきりで看病したという。
