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「見習いのくせに余計なことをするな! 」朝ドラ『風、薫る』モデルの大関和、医師に怒鳴られ切り返した痛快な一言

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看護
帝国大学医科大学附属第一医院で実習するが、医師は横柄で看護婦もレベルが低かった(写真:buritora / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

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NHKの連続テレビ小説「風、薫る」がスタートした。日本の看護婦のパイオニアとなった大関和(おおぜき ちか)と鈴木雅(すずき まさ)を主人公のモチーフとしている。時代は、明治。医療の現場は男性のもので、女性が医療分野の仕事に就くことへ理解がまだなかった頃のことである。看護の世界に飛び込んだ2人はいかにして、日本近代看護の礎を築いたのだろうか。著述家で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。

最大級の医療施設で研修を受けられたけど……

NHKの連続テレビ小説「風、薫る」では、りん(演:見上愛)と直美(演:上坂樹里)が仲間とともに看護学校で学んだのち、帝都医科大学附属病院で実習をスタートさせている。

彼女らのモチーフとなっている大関和と鈴木雅も1886(明治19)年、桜井女学校看護婦養成所でアグネス・ヴェッチから基礎医学や看護学の講義を受けたのちに、看護実習に参加する。

ただ、養成所に実習施設がなかったことから、帝国大学医科大学附属第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)に実習生として派遣されて、実地訓練を受けることとなる。

このときに、アグネス・ヴェッチは、桜井女学校附属看護婦養成所の1期生の大関和や鈴木雅ら6名と、帝国大学医科大学附属第一医院の看病婦講習生22名と、計28名に看護学を教えた。

和や雅は養成所で学んだ「ナイチンゲール方式」を実習の場できちんと実践できるかと、不安と期待が入り混じっていたことだろう。

なにしろ、帝国大学医科大学附属第一医院といえば、当時の日本では、最大級の医療施設であり、最新の医療機器がとりそろえられている。どれだけレベルが高い現場であっても、食らいついて、何でも吸収しようと決意して臨んだに違いない。

だが、いくら箱が立派でも、なかにいる人材のレベルがそれにともなっているとは限らない。桜井女学校附属看護婦養成所で学んだ6人にとって、実習先はあまりにも期待外れな環境だったようだ。

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