「味ご飯を食べたお客さんが『昔、お母さんが作ってくれた味と同じだった』と驚いていましたよ」と筆者が話すと、調理担当のみかさんは目を細めて笑った。「そうかもしれんね。母と一緒に作っとったから、その味は残っていると思う」。
ヒライの総菜の味のベースには、3世代にわたる「家の味」がある。料理上手な祖母の味を母が受け継ぎ、その隣で見て育ち、調理場に立つようになったのが、みかさんだ。味ご飯やチキンハンバーグには、その面影が今も残っている。
ただし、すべてが「昔のまま」ではない。百貨店やデパ地下を巡りながら研究を重ね、昔の味を土台に今の素材や価格に合わせてアレンジしている。
「目分量というか、手分量というか。決まってないんですよ。味ご飯の中の具材はキノコ類が多かったり、ごぼうが多かったり、毎日私の感覚なんです」とみかさんははにかんだ。35年間積み重ねてきた感覚が、毎日少しずつ違う味を「ヒライの味」として成立させている。
「温めて食べられるものがあるだけでうれしい。しかも自分の味じゃないから、ちょっとした外食気分なの」。2カ月に1回の“お楽しみ”で行列に並んでいた80代女性のその言葉が、ずっと頭に残っている。
フードショップヒライを変えた男
現在、インスタグラムのフォロワーは約5.1万人。広告費ゼロで開店前に80人以上の客が並び、平均1時間半で売り切れる。しかし、取材日に行列に並んでいた20代の男性はこう言った。「コロナ禍前ぐらいはフォロワー4000人ぐらいで行列もなかった。それがいつの間にか、こんなにはやってて」。
この店の光景を変えたのは、前述したようにフルーツサンドのヒットと一方通行ルールの影響もあるが、レジに立つ多田良平さんの存在が大きい。広告費ゼロで行列を作った男が、何をどう考えて動いてきたのか。その戦略と歩みは、後編で迫る。
