本展でいえば、吹雪の中を疾走するブルートレイン(寝台特急)「ゆうづる」の写真(1977年)。赤い電気機関車と青い客車が隣り合う連結部分をクローズアップし、流し撮りで切り取った。背後の風景も、車両の屋根やパンタグラフも画面の外だ。
「周囲を入れると当たり前の写真になるし、空を入れると雪の印象が薄れてしまう。雪化粧した木立は、連結部分の奥に少し見える程度で…。(撮影現場で)どんどん切り詰めたら、こうなりました」
あらかじめ黄金比のような理想型があるのではない。心が動いた情景を切り取る。「写真は理詰めじゃなくて感覚です。答えはない。だから写真は楽しいんです」
鉄道写真の幅を広げる
来場者が一様に立ち止まり、首をかしげ凝視するだろう1枚がある。
大木を正面から大写しにした写真だ。日は落ち、空は藍色に染まっている。どこかに小さく、列車やレールの切れ端でも写っているのだろうか?
そうではない。大木の根元の洞穴が鉄道トンネルの馬蹄形の坑口に見えるのだ。壁や天井の染みが知己の顔に見えるように、鉄道への愛情と想像力は身近な何かにレールを敷いてくれる。「鉄道写真の範疇は無限です」
こうしたおとぎ話のような作品は、夢幻的でいて、現実の鉄道の苦境をも反映している。
「この30年に全国で1366kmのローカル線が廃止されました。鉄道を取り巻く環境が変わったのですから、鉄道写真も変わります」
その言葉は両義的だ。もう撮ることのできない寂しさがある一方で、廃線跡に目を向けることもできる。鉄道写真の幅を広げ続けた先駆者は、なお新たな鉄道の魅力を描く。
「ものを作るのは人間の根源的な行動で、そこに表れてくるものは個性だと思うんです。自分でやりたいからです。遊びながらね」
