これは時を超えた勝利と言える。より細かく見ていくと、まずは1921年の協会設立から、1971年の釜本邦茂の時代で初勝利を挙げるまで、50年かかった。その次は、2004年のフィリップ・トルシエ、ジーコの時代まで30年空いた。
さらに、アルベルト・ザッケローニの時代まで10年。そこから、森保一監督の時代まで15年を経ての勝利なのだ。
彼のチームはここに史上最多の3勝を加えた。データ面でも歴代最強といえるのだ。全体の4割近い、37.5%が森保監督率いるチームによるものだ。
そりゃ、欧州組が増えたからでしょ?
世ではそう言う。2026年3月の英国遠征でも、25人のフィールドプレーヤー中、24人が欧州のクラブでプレーする選手たちだった。
では、増えたことで何が起きているのか。
スコットランド遠征で見た風景
2026年3月のイングランドに勝った英国遠征のスタート地はスコットランドだった。6月に開幕する北中米ワールドカップに向かう日本代表が大会前最後の国際Aマッチウィークを戦うべく、スコットランド2部リーグのダンバートンFCの古びたホームスタジアムであるダンバートン・フットボールスタジアムに集ったのだ。
スタンドの後方には絶壁。その上にダンバートン城が聳(そび)え、ゴール裏にはレヴン川を臨む。城と静かな川の水面が間近にあるスタジアムなんて、日本ではなかなか見られない絶景だ。
しかし、スコットランド特有の変わりやすい気候が時折、快適な時間に文字通り水を差した。晴れていると思ったら10分後には強烈な風と雨、その後どんよりとした曇り空が続く。水を差す、というより天候にぶん殴られている感じすらした。
そんな場所で選手らがトレーニングをする様子からは一見、チーム内で誰が年上で、誰が年下なのかがわからない。練習前の時間で堂安律(フランクフルト=ドイツ)と菅原由勢(ブレーメン=ドイツ)がパス回しをしながらじゃれあっている。
そのボールが少しズレて、ころころとピッチサイドのメディアのそばに転がってきた。「あ、蹴り返してください~」と菅原がメディア側に声をかける。戻ってきたボールを受け取った菅原が、奥にいる堂安にゴロでパス。それを堂安はいたずらっぽくスルーした。
「なんで無視すんの~」
菅原がツッコミをいれた。
