しかし現在、この前提は状況的にも制度的にも崩れています。成果主義の導入と市場競争の激化によって、評価は過去の蓄積ではなく、現在の成果によって決まるようになりました。
しかもグローバル競争の中では、年齢は必ずしも優位性を持つものではありません。場合によっては、経験の多さや年齢の高さはそれ自体がコストと見なされることすらあります。
それにもかかわらず、多くの人はなお、「頑張り続ければ最後には報われる」という旧来の前提にしがみついています。その結果、人生後半において深刻な消耗が生じるのです。
この変化の本質は、「努力のリターンが逓減する」という点にあります。
若い頃であれば、努力を重ねることで成果は増幅されました。しかし人生後半においては、努力をしてもリターンは増えず、むしろ消耗の方が先行します。
この現実を理解せずに努力を続けると、本人は「頑張っているのに報われない」という感覚に陥ります。
しかし、ここで重要なのは、その状況は個人の失敗ではなく、構造的な必然であるという点です。問題は努力の量ではありません。前提としている戦略そのものが、すでに時代に適合していないのです。
端的に言えば、人生後半において必要なのは、「拡張」から「収縮」への戦略的転換です。ここで言う収縮とは、単なる数量的な縮小や後退ではありません。むしろ資源配分の最適化を意味します。
必要なのは「欲望」に対して距離を取る技術
若年期においては、可能性を広げること自体が価値でした。多くを試し、多くを獲得することによって、将来の選択肢が拡張されていったからです。
しかし、後半においては状況が逆転します。時間、体力、集中力といった基本的資源が確実に減少していくため、すべてを維持することは不可能になります。この段階でもなお拡張を志向すれば、資源は分散し、結果としてすべてが中途半端になります。
ここで有効になるのが、軍事的な発想です。戦力が優勢な局面では前線を広げることが可能ですが、劣勢に転じた場合には、戦線の維持それ自体がリスクになります。
