しかし、第1志望だった京都大学農学部には届かなかった。
「京大理系って、苦手だった2次の数学の配点が重いんですよ。今考えれば、国語の配点が高いとこを受けたほうがいいに決まっていますよね」
1浪して合格したのが、早稲田大学先進理工学部・電気情報生命工学科。ここでナポレボさんは、ある拍子抜けを経験する。
「早稲田大学に合格したら、親が『あ、じゃあ早稲田に行くのね』みたいな感じで、なんか自然と許してくれたんですよ。なーんだ、東大か京大じゃなきゃダメなんじゃなかったのか。じゃあ早稲田でいいんじゃん!と」
東大か京大でなければ家を出る意味はない、と母から言われ続けて受験勉強に身を捧げた1年間。
その「絶対条件」は、いざ蓋を開けてみれば、絶対でも何でもなかった。神童扱いされ、京大農学部を目指せと言われた末に到達したのは、「あ、別にここでよかったのか」という、淡い拍子抜けだった。
早稲田を中退→フリーターに
それが彼の中で、何かが切れたきっかけだったのかもしれない。大学1年生の間は、フルで単位を取った。最後の踏ん張りだった。だが2年目以降は、ほとんど大学に行かなくなる。
「家を出るのが目的だったから、入っちゃえばあとはもう、特に大学でやりたいことなんてなかったんですよ。どうせまともな職には就けないし、就きたくもない。それなら中卒だろうが高卒だろうが、そんなに関係ない」
「家を出る」ためのチケットだった大学は、家を出た瞬間に、その役目を終えてしまっていた。
弟が家庭環境のストレスで弱っていたタイミングで、彼は親に退学を直談判する。
「弟がつらがってる、というのに乗っかる形で、『俺もしんどい、辞めさせてくれ』って親にねじ込みました。そんなならっていう勢いで、許してもらったんです」
