そして中学から高校に上がるにつれて、社会との「ズレ」を自覚し始める。
忘れ物が異常に多く、遅刻も異常に多かったのである。
「物を忘れるな、と。遅刻も多すぎるな、と。よく言うじゃないですか、『そんなのは甘えだ』って。確かに、まあ自分が甘えているだけなのかもしれない。でも、すごく楽しみにしてることとか、気をつけてることでも、どうしてもそうなっちゃう。不思議だなぁと。まぁ、今客観的に考えると、完全にこれって病名がつくやつですよね」
この頃から、彼は「俺、社会に出られないんだろうな」と感じ始めたという。
田舎の“濃密な共同体”から抜け出したい
親との関係はあまり良くなかったそうだ。父親は本の虫だった息子に野球をしてほしがった。
「小3から小6まで、ずっと少年野球をやらされてました。おじいちゃんの代からその野球部があって、親もそこに属してたんです。同級生のお父さんがコーチと監督をやって、親同士もみんな知り合いで」
田舎の濃密な共同体に守られた、そして閉じ込められた野球チーム。そこから抜けることは、家族全員の人間関係から抜けることとほとんど同義だった。そして彼は、そこに馴染めなかった。
「下手だったからですね。っていうか、体が小さかったんです。同級生の一回り、二回り小さかった気がする。ボールがこっちに飛んできたら全然取れない、みたいな」
体格に恵まれず、コーチの指示にも乗り切れない少年に、父親は容赦なく野球を強要し続けた。
母親は母親で、ヒステリックなところがあり、気質が合わなかった。
そんな状態で中学に上がり、ひとつの欲求が育っていく。それは、「家を出たい」というものだった。
「大学進学のタイミングで家を出たいなと思ったんですが、母親から『東大か京大じゃないと家を出す意味はない』と言われたんですよ。じゃあちょうど『もやしもん』*を読んでたし、京大の農学部でも目指すか、と。今考えるとカスみたいな理由でしたね」
*農業大学の学生生活を描いた漫画
学力で言えば文系のほうが明らかに向いていた。国語の全国模試4位の少年である。にもかかわらず、彼が理系を選んだのは、好きだった生物の延長、そして「万が一の保険として医学部」を望む親の意向のためだった。
家を出るためだけの志望校。家を出るためだけの理系。すべての選択が、「いまの家から離れる」という一点に向かっていた。
