「今日はこれまでの復習をしよう」と言うだけで、わからなかった子は息がつけます。全員に「ここまではOK」という土台を作り直してから、先に進むということを行います。急がば回れです。
進度を気にして先へ先へと進めたい気持ちはよくわかります。でも、土台がぐらついたまま積み上げても、いずれ崩れます。復習は時間の無駄ではなく、6月の荒れを防ぐ投資です。そして何より、「わからない」と言える教室を守るための時間でもあります。
子どもの特性だけが原因ではない
学級が落ち着かないとき、つい「あの子の特性が……」「家庭環境が……」と、子どもの側に原因を求めてしまいがちです。たしかに、子ども一人ひとりの特性は無視できません。
けれども、それだけが荒れる原因ではないと私は思っています。行事による余裕のなさ、雨で発散できない身体のエネルギー、習い事で削られる休息時間、BANI時代特有の不安と脆さ、学習内容の積み残し、教師側の疲労、学級の関係性――。
そうした複数の要因が絡み合って、6月の「荒れ」と呼ばれる現象が起こっているのです。
非線形の時代に、1つの原因にだけ目を向けても、本当の意味での解決には届きません。教室の環境や授業の中で、教師ができることが必ずあります。そこに目を向けたいのです。
「魔の6月」という言葉は、たしかに現場の実感を表したものではあります。でも、その言葉に縛られて「6月はそういうもの」と諦める必要もありません。その理由が少しでも見えれば、打てる手はあります。
行事で疲れているなら、子どもにも教員にも少しゆるみを作ってはいかがでしょうか。例えば、運動会の計画も割り当てが20時間あったときには16時間で計画を作り直す。雨で発散できないなら、教室の中でできる気分転換を取り入れる。学習が積み残されているなら、立ち止まって復習する。
完璧を目指さなくていいので、お互いが余裕を取り戻せるように、少しずつ工夫してみましょう。



