鈴木氏はセブン&アイの「中興の祖」とも言われるが、あくまでも中途入社のサラリーマン社長。セブン&アイを流通最大手にまで育て上げる過程で、創業者である伊藤雅俊氏とさまざまな確執があった。
鈴木氏の生涯を語るうえで、2人の関係は避けて通ることはできない。『週刊東洋経済』では2023年5月20日号で特集「漂流するセブン&アイ」を掲載、その中で2人の緊張関係を掘り下げた。
そこで今回、当時の記事を再配信する。伊藤氏は2023年に死去、そして鈴木氏も他界し、セブン&アイの礎を築いた2人はともにこの世を去った。停滞するセブン&アイの将来を展望するために、封印された歴史を知っておきたい。
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1980年代にイトーヨーカ堂に中途入社したある人物は、本社中枢部に漂う緊張感にすぐ気づいた。社長である伊藤雅俊と、ナンバー2の鈴木敏文の間に対話がないのだ。
「2人が会議以外で話をする様子を見たことがない。鈴木さんは、伊藤さんの部屋への出入りをチェックしていて面会した幹部には後で圧力をかけていた」。
昨今は「資本と経営の分離」のお手本のようにいわれるセブン&アイ・ホールディングスだが、その原点は2人のカリスマの抜き差しならない対立関係だ。
ヨーカ堂の源流は東京の下町、北千住で伊藤が経営していた「羊華堂」である。伊藤がこの洋品店をスーパーに転換させようとしていた63年のある日、やせぎすな男が中途採用の面接に訪れた。出版取次大手のトーハンに勤めていた鈴木だ。
ニコリともしない変わった男
伊藤は自らの側近に鈴木の第一印象をこう語っている。
「ニコリともしない変わった男だけど、中央大学を出ており頭はよさそうだ。無愛想すぎてお客の前には出せないが、(人事などの)裏方なら仕事があると思った」
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