長女の手紙にある「父とはすでに仲直りしていた」「大がかりなけんかは初めてだった」といった細々としたエピソードから読み取れるような文脈は、AIの安全フィルターによって完全に切り捨てられ、システムはただ「虐待リスクのある家庭」としてマニュアル通りに処理したに過ぎない。
3つ目は、「神託(オラクル)」としてのAIと、人間の主体の空虚化だ。人間は、AIが「感情を持たない客観的な存在」だからこそ、他人に言えない本音を打ち明け、その回答を「偏りのない正解」として受け入れてしまう傾向(イライザ効果の深化)がある。
長女にとって、ChatGPTの提示した「児童相談所に相談する」というテキストは、単なる一アイデアではなく、一種の「神託(オラクル)」として機能したと推測できる。
AIに背中を押されることで、自らの行動がもたらす「父親の逮捕、社会的地位の失墜、家庭生活へのダメージ」という重大な帰結を十分に予見できないまま、あるいは「AIがそう言うのだから正しい」という主体の明け渡し(免責)が生じたまま、電話をかけてしまった可能性が否定できない。
AIは嘘つきではない、善意が悲劇を生んだ
この事件が示している本質的な課題は、AIが「嘘(ハルシネーション)」をついたわけでも、悪意を持っていたわけでもない点にある。
AIは徹底的に「善意の安全対策」に従って動作し、児童相談所や警察もまた「市民の通報を守る」という職務を全うしただけだ。誰も間違ったことはしていないのに、結果として一つの家庭の日常と、一人の人間の社会的キャリアが瞬時に破壊されたのである。
わたしたちは今、AIを単なる「便利な道具」として使う段階を終え、人間の認知や法秩序、親密圏のあり方を根底から作り変える「新たなエコシステム」の中に放り込まれている。
AIに「相談する」という行為が、時として大きな災厄を招いてしまうリスクと付き合わざるを得ないーーそんな恐るべき現実に、社会の側がまだ慣れていないのだ。

