かような生物は本当に他にいないのか。魚や鳥や爬虫類や両生類では、生涯の途中で産卵ないし出産をやめるメスは、まずもって見当たらない。哺乳類はどうか。世界に6000種以上いる哺乳類の中で、生涯の途中でメスが閉経するのは、ヒトを除けばシャチなどの数種のハクジラ類に限られる。
大事なことに、ヒトに近縁な他の霊長類(チンパンジー、ゴリラ、オランウータンなど)にも閉経は見られない。最近、チンパンジーの一部の集団で閉経が確認されたが、チンパンジーという生物種の持つ特徴とまでは言えない。
つまり私たちヒトは、生物としても霊長類としても極めて稀な、しかも進化生物学の理に適わぬ繁殖スタイルを持ち、それを当たり前と受け入れているのである。
閉経は文明の発展以前からヒトの自然な生態だった
ちょっと待て、という声が聞こえてきそうだ。日本人女性の平均寿命が90歳近いというのは、衣食住の不自由がなく医療が高度に発達した現代でのことでしょう、と。生物としての本来の姿で言えば、ヒトの平均寿命はずっと短いはずで、ならば閉経前に大半の女性が生涯を終える(つまりヒトの女性も終身繁殖を続ける)と言えるのでは?
もっともな疑問である。しかし、アフリカの砂漠地帯で伝統的な生活を今も営む狩猟採集民の女性も、人生の後半ないし終盤で閉経を経験する。古代の人間社会でも、閉経の年齢(おおむね50歳)を超えて長生きする女性は珍しくなかった。とすれば閉経は、文明の発展がもたらしたいびつな生命現象ではなく、ヒトという生物種が本来持つ自然な生態だと言える。
(中略)
ヒトの女性とシャチをはじめとするハクジラ類数種のメスは、生涯半ばに繁殖能力を失う。加齢とともに徐々に能力が衰えるのではなく、ある年齢に至るとすぱっと積極的に能力を捨てているように見える。この奇異な現象の説明として提唱された「祖母仮説」(孫の世話に集中するために繁殖能力を捨てるという説)は、なるほど有力なアイデアであり、ヒトからもシャチからも支持する結果が得られた。だが、繁殖能力を失わぬゾウすらも祖母が孫の生育を助けるという新たな事実がわかり、「祖母仮説」の不完全さが露呈した。

