フィリピン上院で5月13日夜、44発の銃声が響いた。阿鼻叫喚の中、現場に居合わせたメディア関係者や職員らは右往左往し、警備のために配置された海兵隊員や警官らが銃を構えた。
フィリピンの現代史にはクーデター未遂や選挙集会を狙ったテロなど発砲や流血が数多く刻まれているが、国会内での銃撃事件は極めて異例だ。
複雑な経緯の末に起きた事件の背景にはマルコス政権とドゥテルテ前大統領派の対立がある。マルコス氏は前大統領の長女サラ・ドゥテルテ氏と組んで22年の選挙で圧勝し、それぞれが正副大統領に就いたが、その後、閣僚ポストや公費支出をめぐり亀裂が生じた。
前政権が進めた「麻薬撲滅戦争」で司法手続きを経ずに多くの人々が殺害されたとして、国際刑事裁判所(ICC)が人道に対する罪で逮捕状を出したドゥテルテ前大統領をマルコス政権が昨年3月に逮捕し、オランダのICC本部に移送したことで対立は不可逆なものになった。
その前大統領の共犯として昨年11月に逮捕状が出された元国家警察長官のロナルド・デラロサ上院議員が5月11日に上院内に逃げ込み、同僚に保護を求めたことが今回の事件の引き金となった。政権側の国家捜査局が上院を取り囲み、上院の守衛隊長らが発砲した。
同じ11日に下院では、公金の不正使用やマルコス夫妻への脅迫などの疑いでサラ氏が弾劾訴追された。そして、その弾劾裁判を実施する上院では、ドゥテルテ派の議員らが院内クーデターで議長の座を奪った……。
現在の苦境は自らまいた種
政局混乱と経済不振のダブルパンチでマルコス氏の求心力低下は著しいが、元をたどれば、どちらも自らまいた種だ。
前大統領を追放することでドゥテルテ派との勝負に決着をつけようとしたのだろう。ところが、その2カ月後の上院選で同情票を集めたドゥテルテ派が予想を覆す躍進をとげ、上院の3分の2が必要なサラ氏の弾劾が難しくなった。親子の息の根を止めることができず、次期大統領選挙でサラ氏が当選すれば、必ずや報復が待っている。
現下の経済苦境は、石油供給や出稼ぎ労働者の送金を中東に頼る経済の構造が深く関係する。しかし25年後半の失速は、公共事業をめぐる汚職が相次いで発覚したことで政府の事業支出に急ブレーキがかかり、内外の投資が落ち込んだことが最大の原因だ。
その発端は、25年7月28日に実施されたマルコス氏の4回目の施政方針演説だった(「ほぼ全上院議員が汚職に関与?フィリピンの現実」を参照)。
当時、各地を襲った豪雨で大きな被害が出ていた。巨額を費やしてきた洪水対策が目に見える成果をあげていない状況に批判が強まっていたことを受け、マルコス氏は贈賄業者や賄賂役人、議員らを念頭に「恥を知れ」と演説で声を張り上げた。この雄叫びがパンドラの箱を開けるきっかけとなり、完成したはずが影も形もない「幽霊事業」が次々と暴露された。上下両院の議長が辞任に追い込まれ、閣僚の罷免も相次いだ。
マルコス氏は「私が始めたことだ。私が後始末をやりとげる」と宣言し、疑惑の議員や役人らに「クリスマスはない」と宣言した。だが今に至るも元上院議員1人を除いて「大物」の訴追はなく、国民の間に鬱屈は募るばかりだ。
大統領の交代で大きく変わるフィリピンの政策
フィリピンの大統領任期は1期6年。政権が変われば政策や人事も大きく変わる。
アキノ政権は、南シナ海ほぼ全域の領有権を主張する中国の九段線などを違法としてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴した。同裁判所は16年7月、中国の主張に法的根拠はないとする裁定を下したが、直前に大統領に就任したドゥテルテ氏は自国の勝訴を棚上げして中国にすり寄った。
マルコス氏は大統領就任前の言動やサラ氏とタッグを組んだ経緯から、親中路線を引き継ぐとみられていたが、あにはからんや親米路線に大きく舵を切り、日本と安保協力を加速させた。
次期大統領がマルコス氏の親米反中路線や日本との蜜月を引き継ぐ保証はない。最有力候補とされているサラ氏は現政権の対中政策を批判してきた。
だからこそ、であろう。日本政府は現政権のうちにGSOMIAや護衛艦譲渡、ミサイル売却などの話を逆戻りしないところまで持っていきたいと考えているとみられる。国賓待遇のおもてなしは、日本側のそうした思惑の産物と言えるだろう。
