人生の節目ごとに訪ねてくるリピーターや、知人を紹介してくれる客が増え、数年で会社は軌道に乗った。営業職の給料も相場より高めの固定給に変更できた。するといつの間にか、シングルマザー、外国籍の人、DVの被害を受けた人、服役歴のある人など、住まい探しで困難を抱えた人たちが自然と集まるようになっていた。
「私たちは『社会的に弱い立場の人のための仲介です』と謳っていたわけではないんですよ。でも結果的に口コミや紹介で、ほかの不動産会社で嫌な思いをしたり断られたりした方たちが集まってくれるようになりました」
どんな事情のある人も、自分たちからは断らない。相談に訪れる人たちと向き合い続けるなかで、その思いは鮎川さんの揺るぎない信念になっていった。
初めて「部屋をご紹介できません」と告げた日
しかし、その信念を貫けない事態が起きる。
ある日、紹介で60代後半の男性が相談に訪れた。話を聞くと「23区内で家賃15万円までの1LDK」を希望しているという。男性は資産も収入も十分にあるため、通常であればなんの問題もなく住まいが決まる案件のように思えた。
だが結論から言えば、鮎川さんはこの男性に部屋を紹介できなかった。60代後半と聞いて、どのオーナーも首を縦に振らなかったのだ。
「それまでどんな境遇のお客様であっても、どうにかして部屋を見つけてきました。でもあの日、初めてお客様に『ご紹介できる部屋がありません』と言わなければならなかった。今でも忘れられないくらいショックでしたね」
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【不動産仲介業の限界を突きつけられた】
