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悪魔の数字「666」からSNSの「いいね」まで なぜ人類は"数字の神秘性"に支配され続けるのか?

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スマホでSNSを楽しむ人物
“数字への信仰”は、なぜ現代でも消えないのか(写真:EKAKI/PIXTA)
  • 杉谷 和哉 岩手県立大学総合政策学部准教授

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SNSの「いいね」数、フォロワー数、再生回数――。現代人はあらゆるものを数字で比較し、その数字に感情を左右されている。だが、人類は昔から数字に特別な意味を見出してきた。「666」や「ラッキー7」に象徴される“数字への信仰”は、なぜ現代でも消えないのか。本稿では『エビデンスの罠』を一部抜粋のうえ、「数値化社会」の危うさを考える。

『数字まみれ』:7や666などの神秘性

経済や福祉の専門家であるミカエル・ダレーンと消費心理学を専門とするヘルゲ・トルビョルンセンの共著、『数字まみれ:「なんでも数値化」がもたらす残念な人生』は、人類が数字とどのように付き合ってきたかを遥か昔から論じるスタイルをとる。

同書によれば、およそ3万年前のものとされるオオカミの骨に刻まれた5つずつの傷跡こそ、いにしえの人類が計算を試み、数字を用いていた営為の証拠なのだという。

その後、数字を用いた技術は発展を続け、今日では英語をしのぐ人類の「共通言語」として君臨している。今日において数字は客観的な情報、問答無用の「エビデンス」として扱われているが、長い人類史に目を転じればそうではなかった。

数字は神秘的なヴェールをまとい、時に人々を惑わせてきた点も見逃すべきではない。たとえば、都市伝説や陰謀論でもお馴染みの「666」という数字は新約聖書、「ヨハネの黙示録」がその出典であり、忌むべき数字として知られてきた。

この数字が登場するのは、「ヨハネの黙示録」の第13章である。この章は、角を10本、頭を7つ持ち、それらの角に10の冠を有する怪物が海から上がってくる描写から始まる。10本の角は10人のローマ皇帝を、7つの頭はローマの象徴である七つの丘を指していると言われている。

つまり、「黙示録の獣」の正体は、当時キリスト教を迫害していたローマ帝国そのものである。「反キリスト」を体現するこの獣の名であり象徴こそが、「666」の数字であった。「ヨハネの黙示録」には以下のようにある。

(黙示録の獣は)また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である。

以来、「666」は悪魔の数字として忌み嫌われ、時に陰謀の象徴として扱われてきた。

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