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悪魔の数字「666」からSNSの「いいね」まで なぜ人類は"数字の神秘性"に支配され続けるのか?

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スマホでSNSを楽しむ人物
“数字への信仰”は、なぜ現代でも消えないのか(写真:EKAKI/PIXTA)
  • 杉谷 和哉 岩手県立大学総合政策学部准教授
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日本でもさまざまな陰謀と結び付けて論じられることが多く、有名なオカルトを扱う雑誌『ムー』においても、「総力特集」と銘打って「聖書の暗号『666』大預言」と題した記事が掲載された(月刊『ムー』2024年6月号)。

『数字まみれ』が指摘するのは、こういった数字にまつわる、一種のスピリチュアリティである。ある調査によれば、世界で一番人気のある数字は「7」で、その次は「3」らしい。

7は東西問わずさまざまな場面で用いられる。「ラッキーセブン」や「七福神」のような縁起のいいシンボルにも見られるが、「七つの大罪」のようなネガティヴなものにも起用されている。「7」はこの意味で、多くの対象に用いられるポピュラーなものだと言える。

もちろん、「7」は数字、あるいは数に過ぎない。それそのものに神秘的なパワーが宿っている根拠はどこにもない。ちなみに、二番手である「3」もまた、多くの場で用いられており、「三位一体」のように宗教との結びつきが指摘されている。もちろん、これについても「3」に神聖なご利益があるなどという科学的な根拠は皆無である。

それでもなお、我々は数字に何かしらのものを感じざるを得ない。この事実は、数字に振り回される社会の根底に流れる精神を表しているように思われる。

「いいね」の数をめぐる悲喜こもごも

また、『数字まみれ』では、SNSの「いいね」の数をめぐる悲喜こもごもが、鮮やかに描かれている。我々はSNSで他人に対して、いわゆる「マウントをとる」ためにお洒落な写真を撮り、さまざまな人脈を誇示する。

『数字まみれ』の著者らは以下のような実験を行った。「インスタグラム」のユーザー400人を対象に、年齢などを訊ねたあと、フォロワー数を確認する。続けて、そのフォロワー数が、同じような閲覧者層を有する他のユーザーに比べて少ないか多いかを告げるのである。

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その結果、「少ない」と言われた人は自信がなく、人生への満足感も低かった。「多い」と言われた人はその逆である。ちなみに、先に告げられた、「少ない」や「多い」というのは全くのランダムに告げられており、ユーザーの実態とは全く関係がなかった。

この実験からは、実際の自分の人生の状態にはほとんど関係なく、自分の数字が他者より優れているか劣っているかの指標によって、人生の肯定感すらも左右されてしまうことが示唆される。

個々人が数字に振り回される現状、それを崇拝して自らの人生の善し悪しの判断すらも委ねてしまう──このような一幕は、現代社会の批判としてしばしば登場してきたし、SNSがなかった時代、人々は銀行預金の残高や所持している資産で自分と他人を比べてきた。こうした人間の「さもしさ」は古来変わっていない。

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