第二に、転職市場の情報が完全にオープンになったこと。スマートフォンひとつで同業他社の年収相場がわかる時代、自社だけが「後払い」で走ることは、もはや許されません。
第三に、「後払い」は社員の信用残高を確実に削っていく仕組みだからです。「来年こそ」と言われるたびに、社員の中にある会社への信頼は静かにすり減っていきます。そして多くの場合、最初に限界を迎えるのは、不満を口にせず、最後まで会社を信じようとしていた人間。つまり、Bさんのような社員です。
「利益が出たら還元する」は、かつて美徳でした。しかし今は、最も会社を信じてくれた人から順に失っていく、最も危険な経営スタイルに変わりつつあるのです。
払えるかではなく「払える構造か」
では、賃上げを続けられる会社と、続けられない会社の違いはどこにあるのか。経営者の意志の強さではありません。経営の「構造」の違いです。賃上げできない会社には、例外なく共通する2つの欠陥があります。
独自性がなく、価格を上げる根拠を持たない競合と似たようなサービス、似たような提案。顧客からすれば「御社でなくてもいい」状態です。この状態で値上げを切り出せば、待っているのは失注リスク。結果、「今回は据え置きで……」と飲み込み、売上は伸びても粗利率はじわじわ削られていきます。
Bさんの会社もそうでした。主要クライアントの保守案件は5年前と同じ単価のまま。外注費もサーバー費用も上がり続けているのに、見積書の金額は一円も変わっていません。「長いお付き合いですから」という言葉のもとで、じわじわと自社の体力が削られていたのです。
エース社員ほど「請求できない時間」に飲み込まれている中小企業の生産性問題の正体は、社員のサボりではありません。「エース社員ほど、誰にも請求できない仕事に時間を奪われている」。この一点に尽きます。
実際のBさんの1日を見てみましょう。彼の技術者単価は、本来7000円で請求できる水準です。
後輩からの仕様確認に1時間半。退職した前任者しか知らないシステムの調査に2時間。クライアントからの「前回、何を決めましたっけ」への対応に1時間。自分の担当プロジェクトの設計に充てられたのは、残り3時間だけでした。
次ページが続きます:
【「忙しいのに儲からない」の正体】
