A社の社長・Cさん(仮名・58歳)は、面接でこう言いました。「うちはまだ小さいから、最初から高い給料は出せません。でも、利益が出た分は、ちゃんと社員に還元していく会社にしたい。Bさんのような人にいてもらえれば、必ずそういう会社になれると思っています」
その言葉に、Bさんは心を動かされました。年収は前職より80万円下がります。それでも「ここなら、自分の仕事が会社の未来に直結する」という手応えがありました。
入社後のBさんは、期待以上の働きを見せます。既存クライアントの保守対応をこなしながら、新規案件の設計から実装までを一人で回し、顧客との折衝までこなす。トラブルの初動の速さで顧客から指名が入るようになり、「難しい案件はBさんに」が社内外の合言葉になりました。3年目からは後輩エンジニアの育成も任されます。
C社長も節目ごとに声をかけました。「Bくんがいるから、うちは安心して受注できる。もう少し待っていてくれ」。Bさんは、その言葉を疑っていませんでした。
5年目に生まれた小さな違和感
5年目、Bさんの中に小さな違和感が芽生え始めます。会社の受注は順調どころか、むしろ増えていました。その分、Bさんの仕事量も増えていきます。プロジェクトを掛け持ち、夜遅くまでの残業が続く。後輩の面倒を見ながら、顧客の無理な要望もできる限り飲み込みました。
ところが、5年間で給与が上がったのは、入社2年目に一度だけ。月5千円。あとは毎年の面談で「来年こそ」と言われ続け、数字は動きませんでした。
気づけば、食料品も光熱費も上がっていきます。手取りは同じなのに、毎月の生活は少しずつ苦しくなる。Bさんの妻がパートの時間を増やしたのも、この頃でした。
ある夜、帰宅の電車で、Bさんは初めて求人サイトを開きます。同じ経験年数のエンジニアの相場を調べてみると、自分の年収より150万〜200万円高い求人がずらりと並んでいました。
「相場と合わないのは、分かっていた。でも、社長を信じてきたから……」
そう自分に言い聞かせて、スマホを閉じたのです。
6年目の評価面談。Bさんは初めて、自分から切り出しました。
「社長、今年はどうですか」
C社長は、申し訳なさそうな表情で答えます。
「Bくんには本当に頑張ってもらっている。分かっている。でも今年はちょっと大きな投資があって……来年こそちゃんとやるから、もう少し待ってくれ」
その言葉は、Bさんが入社1年目に聞いた言葉と、ほとんど同じでした。
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【退職届を握り…】
