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「そごうが出店辞退」「ヨーカドーもあえなく撤退」…苦節24年、330億円かけた施設が失敗した「茨城の商業都市」の哀しい顛末

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土浦駅前
なぜ土浦駅前は発展を維持できなくなったのか(写真:筆者撮影)
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こうして、つくばの住民が土浦駅を経由して東京に向かう必要はなくなった。土浦が描いた「つくばを取り込む駅」という構想は、実現しないまま前提を失ったのだ。

千葉大学大学院の小林秀樹教授は、2015年に『住宅』誌に寄せた論考で、茨城県南地域は「つくば市の一人勝ち」になったと指摘している。つくばは普通のベッドタウンではなく、「職住近接の国際科学都市」と位置づけられている。つくばは、土浦を経由しなくても独自に成立する都市になっていた。

市役所内に置かれていたのぼり。TX土浦延伸への思いが強いことがわかる(写真:筆者撮影)

「中核都市・土浦」という前提が変わった

1989年から始まる百貨店閉店の連鎖は、こうした都市構造の変化の中で起きていた。

もっとも、土浦市そのものが急激に人口減少したわけではない。1980年以降、市全体の人口は大幅には減少していない。土浦で起きていたのは「消費都市の消滅」ではなく、「都市機能の移動」だった。

それでも土浦が駅前投資をやめなかったのは、商業集積で水戸を上回り、半径25キロ圏・人口30万人の商圏を持っていた「茨城県南の中核都市」という自己像を手放せなかったからかもしれない。

だがその前提は、1990年代以降の郊外化と2005年のTX開通で崩れていく。買い物客は郊外モールへ、つくばの住民はTXで東京へ向かい、土浦駅前を経由する理由は失われていった。

土浦の駅前商業が消えたのは、市が衰退したからではない。中核都市としての前提が崩れていく中で、最後までやめられなかった駅前投資が、空回りし続けた結果である。

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