これは土浦だけに限られた現象ではない。近年の地方都市では、百貨店や大型商業施設の跡地に、市役所、図書館、パスポートセンターなどの公共機能を入れる事例が増えている。栃木市役所や富山市役所はその例だ。商業だけでは維持が難しくなった中心市街地に、行政機能や生活機能を集め、来街目的を作るためである。
URALAもその流れに位置づけられる。土浦駅前は、買い物客を集める商業拠点から、市役所や医療、学習、居住機能を含む生活拠点へ役割を変えていった。
土浦はそれでも「つくばを取り込む駅」を目指していた
一方で、土浦は駅前の役割を行政・生活機能へ変えながらも、「県南の中核都市」としての位置づけを簡単には手放していなかった。
URALAの計画変更が続いていた1996年、土浦市は「土浦市総合計画第5次基本構想後期基本計画」を策定する。この計画書には、土浦の将来戦略として、次のような記述がある。
「常磐線土浦駅と筑波研究学園都市間の新交通システムについて、関係機関との協力のもとに早期導入を促進する」
新交通システムとは、従来型の鉄道とは異なる中量輸送機関を指す。AGTやモノレール、リニアモーターカーなどが含まれ、東京の「ゆりかもめ」や横浜の「シーサイドライン」が代表例である。
土浦市は、土浦駅とつくば市の研究学園都市を結ぶ新交通システムを整備し、つくばや周辺住民を土浦駅前へ呼び込もうとしていた。1996年の段階でも、土浦は「つくばと物理的につながれば、駅前商業は維持できる」と考えていたのである。
だが、この構想は実現しなかった。2005年に開通したのは、土浦を経由しない別の鉄道だった。つくばエクスプレス(TX)は、つくば駅から秋葉原駅を直接結び、土浦をバイパスする形でつくばを首都圏に接続した。
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【最後まで止められなかった駅前投資】
