「このコミュニティに入りたい」
「ここに入れば子どもの未来が開けるのではないか」
学校の教育をよく知らずに、いわゆる「学校のブランド」で受験をする家庭も、少なからず存在する。
しかしこうした人気校ほど倍率は高く、面接や願書では親の学校理解や子どもへの向き合い方が問われる。また慶應義塾幼稚舎や横浜初等部は、面接がない。学校の理念や教育方針を本当に理解しないまま志望理由を取り繕えば、その浅さが文章の端々から透けて見えてしまう。
「人脈目当ての受験」は、たいてい失敗する
私は、人脈は結果論だと考える。子どもの将来を真剣に考え、家庭の教育方針を磨き上げ、その結果として同じ志の家庭と出会う。順序を逆にしてはいけない。
6年、あるいは12年に及ぶ濃密な関係性は、人生において得がたい資産となる。だが、それは合格と同時に自動で付与される特権ではない。
教育環境に真剣に向き合い、時には子供同士の摩擦にも誠実に対応する。そして「お互い様」の精神で共に育児を乗り越える。こうした当事者としての継続的な関与の蓄積があってこそ、揺るぎない絆は形成されるのである。
小学校受験は、確かに“最強のコミュニティ”へのパスポートになりうる。ただしそのパスポートは、人脈だけを求める人ほど手に入らないという、逆説の上に成立しているのだ。


