最後に、心理的な整合性の問題だ。コースとドリンクで1人5万円を支払えば、人は「楽しんでいるはず」「満足しているはず」と自分に言い聞かせる。違和感を覚えても、それを口に出せば自分の選択そのものを否定することになる。
注目したいのは、店と客が一晩限りの舞台で共有する、独特の連帯感である。
従来の鮨や割烹でのカウンターから、現代でのフレンチやイタリアン、イノベーティブでのシェフズテーブルが典型だが、高級店ではつくり手と食べ手が同じ空間で「密に」時間を過ごすことがほとんどだ。
料理が運ばれ、酒が進み、初対面の客同士も次第に緊張が解け、最後には満足感に包まれて終わる。これが理想的な高級店の一夜だ。
この舞台では、外から見ると「逸脱」に映る行為も、内部では「演出」として成立してしまう。その場の高揚感の中では、誰もそれを問題視しない。客同士は同じ舞台に立つ共演者として振る舞うのだ。
一輪ずつ手作業で摘み取られる食用菊
問題は、その閉じた空間の様子がSNSで切り取られ、外部に共有されたときに起きる。前後の文脈や空気感を失った映像は、まったく別の印象を持たれてしまう。
外側の人々の批判には、一般的な感覚が宿っている。
食用菊は、刺身のつまや料理の彩りとしておなじみの存在だ。今回使われた黄色い小菊は、刺身のつまなどに使われる食用小菊とみられる。
全国の生産量の約9割を占める愛知県東三河地域では、一輪ずつ手作業で摘み取られ、規格に沿って整然と箱詰めされて、全国の料亭や鮨店、日本料理店へと出荷される。生産者にとって、手間ひまかけて育てた花が、店内にまかれる「演出小道具」として消費される光景には、複雑な感情がよぎるはずだ。
環境省によると、日本では23年度に年間464万トンの食品ロスが発生している。うち事業系は231万トン、外食産業だけで約66万トンに達する。SDGs目標達成に向けて社会全体が削減に取り組んでいる中、見せ方によっては時代の感覚と齟齬(そご)をきたす。
ただし、外側からの批判には限界もある。ほとんどの人は、客単価数万円の晩餐を経験していない。一体感も高揚感も共有していないため、純粋な倫理規範で判断することになる。中には、自分が行けない店への嫉妬や反発が混じることもあるかもしれない。
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【飲食店と客の関係は「私的契約」】
