具体的なアドバイスをすることで、作家との間に建設的な議論が生まれる。鋭く、論理的に、端的に。それができる編集者こそが優秀なのだ、と本気で思っていた。
僕の指摘に対して、「グサッとくる」と言われることがよくあった。僕はそれこそが狙いだったから、ほめ言葉として受け取っていた。
日本を代表する漫画家を前に
新人編集者時代、僕は年上の先輩たちに囲まれて働いていた。編集者も、漫画家も大ベテランばかり。僕が初めて担当についたのは、井上雄彦、安野モヨコという日本を代表する男女の漫画家だった。
ついこの間まで学生だった僕が、そのような人たちに言える意見を持っているわけがない。しかし、同時に、自分の意見が役立つかどうかを見極める知見すらない。
だから、いい意見を言えるようになってから言おうなどと思うものなら、一生何も言えない。
どんなことでも心に思い浮かんだことを率直に言葉にし、反応をもらう。それが仕事として、その場にいるものの務めだと思った。
編集者として研修中、修行中などということは、仕事相手には関係ない。仕事として、プロとしてどう振る舞うべきかということを意識していた。
拙(つたな)いとわかりながら、意見を述べ、問題点だと僕が感じることを指摘し、アイデアを出していく。
すると、「活きがいいな」と思われたのだろうか。やがて一緒に作家を担当しようと先輩に声をかけてもらうようになり、自分の存在が認められているという実感を得た。
発言によって場の空気が変わる。議論が動く。その感覚に魅せられて、僕は編集者としての振る舞いを形づくっていった。
けれども、立場が変わり、今度は自分が後輩を指導する側になったとき、この成功体験がかえって足かせになっていると随分経ってから気づいた。
「成功体験は足かせになる」という言葉は知っていても、自分の習慣、価値観に深く入り込んでしまっていることは、成功体験で根付いたものだと気づくことすらできない。
次ページが続きます:
【「正しさ」は相手に届かない】
