手持ちの本を再読する楽しみ
本は一度読んだらそれっきり、というものもありますが、しかし、もっと価値のあるものは、若いときに読んだ本を、その後も再読三読するという楽しみがあります。
私どもの脳には、読書の結果が記憶として蓄積されていきます。それらが集積する結果、あるいは種々の人生経験を積んだ一得(いっとく)として、若いころには理解できなかった「行間」が読み取れるようになったりもします。年月を隔てて再読すると、そんな機序によって、昔よりもずっと深い感銘を受ける、というような経験はいくらもあります。
人間は、経験を積めばその分、いわゆる読解力や理解力はもちろんのこと、自分の経験と照らし合わせて、味読する力や鑑賞する力も増してまいります。
いくら読書家でも、小学校の子どもに『源氏物語』のような古典に描かれている「後朝(きぬぎぬ)の別れ」などのことは、実感として理解できるわけがありません。我々は年齢と経験を積み重ねていくにつれて、「こういう感じなんだな」というふうに、照応すべき経験が増えていく。だから、若いときには理解できなかったことが中年になって、または老年になってわかった、ということがいくらもあります。
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【老いても老人としての初心がある】
