「才能は足りない前提で戦う」東大に合格する人が持っている"才能"の正体

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でも、ここで大事なのは、その差をどう見るかです。

100個持っている人はすごい。でも、1000個中100個です。50個しかない人よりは恵まれているかもしれないけれど、持っていない才能が900個近くあることには変わりません。50個の人も、持っていない才能は950個ある。

「50歩100歩」というやつで、差はあるけれど、結局どちらも「足りないものだらけ」なんです。

足りない才能との向き合い方

だったら、勝負はどこで決まるのか。

僕は、「持っていない才能を、工夫でどれだけ埋められるか」だと思っています。朝起きられないなら、タイマーを使えばいい。タイマーでもダメなら、音量を大きくするとか、ベッドから離れた場所に置くとか、別の方法を試せばいい。

夜更かししてしまうなら、スマホを遠ざけるとか、寝る前のルーティンを決めるとか、生活そのものを調整すればいい。集中できないなら勉強時間を細かく区切る。宿題を忘れるならメモする。感情で勉強が止まるなら、「落ち込んでいても5分だけはやる」と決める。

そうやって、一つひとつ“足りない才能”に対処していくしかないのです。

これは派手ではありません。劇的でもありません。でも、東大に受かる人というのは、こういう地道な作業を繰り返してきた人たちなのではないかと、僕は思います。最初から全部できた人ではなく、できないことを放置せず、仕組みや習慣や工夫で埋めていった人。

言い換えれば、「才能があった人」よりも、「才能が足りない前提で戦えた人」が強いのです。

だから、もし今「自分には才能がない」と感じている人がいたとしても、そんなに悲観しなくていいと思います。才能の有無をゼロか100かで考える必要はありません。大事なのは、自分に何が欠けているかを見て、それに対して手を打てるかどうかです。

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