東大に合格できる才能と聞くと、多くの人はまず、地頭のよさ、論理的思考力、記憶力、数学的素養といったものを思い浮かべるはずです。もちろん、それらは大事です。勉強を進める上で有利に働くことも多いでしょう。
でも、東大の入試で求められる能力は、実際にはそんなに単純ではありません。英語では語学的なセンスが必要ですし、国語では読解力や表現を読み解く力が問われます。数学では論理性と処理能力が必要で、理科や社会では知識だけでなく、情報を整理し、判断し、使いこなす力が求められます。
データを読み取る力、時間配分を考える力、ミスを防ぐ力、本番で焦らない力まで含めれば、本当にあらゆる能力の総動員です。
そう考えると、「東大に受かる人は、生まれつき必要な才能を全部持っている」とは、とても思えません。むしろ逆で、そんな人はほとんどいないはずです。どんな人間も、生まれたときの能力は凸凹です。「数学は得意だけど英語は苦手」「論理的には考えられるけれど暗記は弱い」「発想力はあるけれど継続が苦手」――そんなふうに、誰だって得意不得意を抱えています。
つまり、東大生だからといって、何もかも最初からそろっていたわけではないのです。
しかも、東大合格に必要な“才能”は、いわゆる学力系のものだけではありません。ここが意外と見落とされがちなところです。たとえば、朝ちゃんと起きて勉強できる能力。健康な生活を送る能力。嫌なことがあっても感情に流されすぎず、冷静にやるべきことを考える能力。宿題や提出物をきちんと出す能力。机に向かう気分じゃない日でも最低限やる能力。こうした生活面の力も、受験ではものすごく大きい。
勉強というのは、結局は毎日の積み重ねです。だから、頭の回転が速いとか、発想が鋭いとか、そういう華やかな能力だけでは勝ち切れません。生活を崩さないこと、感情を暴走させないこと、続けること、修正すること。そういう地味な力が最後に効いてきます。
全ての才能がそろっている人はいない
僕は、こういうものまで含めたら、「才能」と呼べるものは1000個くらいあるんじゃないかと思っています。
そして、いわゆる「才能がある人」というのは、その1000個のうち100個くらいを最初から持っている人なのかもしれません。一方で、別の人は50個しか持っていない、ということもあるでしょう。持って生まれた才能の総量に、2倍くらいの差があることは、たしかにあるのだと思います。





















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