「成功者の真似」をして失敗する人の共通点 スキルは盗んでも人生はコピーするな、本質的な幸せを掴む思考法

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では、その自分自身の軸が無いとどうなるか?

向かうべき方向性が分からなくなるし、何よりも今の自分のあり方や立ち位置に自信を失ってしまいかねない。その結果、自分が向かうべき正解の姿を、他人の人生や生き方の中に探そうとしたり、周囲の意見や風潮に流されたりするようになる。

つまり、他人の生き方が気になってしまい、他人との比較において「のみ」で自分の人生の幸せの尺度を図ろうとしてしまうのだ。この傾向が、SNSの浸透などによってさらに強まっていることは、すでにご存じの通りだろう。

他人との「良い比較」と「悪い比較」

とはいえ、一口に「他人との比較」と言っても、良い比較と悪い比較がある。良い比較とは、他人の人生を参考として、自分の目標や向かう方向を考える糧にするような比較だ。なお、ここで重要なのはあくまでも「参考にすること」であり、「正解を求めること」とは異なる。

例えば、キャリア形成の初期の段階で、各分野において自分の参考になる人を見つけ、その勉強方法や仕事の進め方を真似してみる。英語、プレゼン方法、ソフトウェア活用、情報収集、リーダーシップなどなど、自分にとって足りないと思われる各スキルの達人を見つけて、そのやり方を参考にしながら自分に合うやり方に昇華させる。

これは、人生においても同様だ。

生き方、人間付き合い、家事育児への向き合い方、趣味との付き合い方といったものから、お酒の飲み方などカジュアルなものを含め、参考となる人を見つけることで、人生の充実に一歩近づくことができる。

このような比較は、あくまでも自分自身の人生やキャリアを充実させる糧としてのものであり、前向きな比較と言える。

繰り返しになるが、目的は他人の人生に正解を求めることではなく、自分の人生の充実に向けた「学び」を得ることだ。つまり、他人の人生をコピーするのではなく、学ぶための糧として参考にするということだ。

では、反対に悪い比較とは何だろうか?

それは、他人の生き方の中に自分の正解を求めてしまったり、あるいは、他人の人生と自分の人生を単純比較して勝手に優劣をつけて、僻んだり蔑むような行為をしたりすることだ。

こうした比較に、学びは全くないと言える。

前向きな気持ちになることはないし、前向きな行動につながることもないだろう。つまり、まったくもって無意味な行動なのだ。

人間の生き方は、価値観や人生観、志が異なれば変わって当然だし、今の環境によっても変わる。だからこそ、単純な比較には意味がないし、本来は単純な比較で優劣などつけようがないのだ。

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