開業時から「デパートとしての魅力に欠ける」「中途半端な大型店」と言われていた…千葉にある「百貨店が全滅した街」の本質要因
ここで一つの疑問が浮かぶ。同じ「東京近郊」でありながら、なぜ柏や船橋といった街では百貨店が今もなお成立し続け、市川だけがこれほど早期に総撤退を選んだのか。
そのヒントは、市川市がまとめた『市川市広域商業診断報告書(昭和42年3月刊)』にある。
報告書自体は1967年に刊行されたものだが、基礎となるアンケートが実施されたのは、百貨店の出店が相次いだ1963年(昭和38年)である。
その結果によれば、市川市民の衣料品購入先の45.7%、贈答品の47.4%はすでに東京だった。回答の中には「市内のデパートは品数が貧弱」「満足できない」という声が並び、自由記述欄には「(東京のデパートと比べて)デパートとしての魅力に欠ける」「中途半端な大型店にすぎない」といった厳しい評価も……。
一方で、東京の百貨店へ足を運ぶ理由としては「品数が豊富」「良いものがある」が圧倒的だったという。
注目すべきなのは、こうした評価が、百貨店の出店が相次いだまさにその時期に示されていた点である。開業当初は期待を集めながらも、市民の基準はすでに「東京の百貨店」に置かれており、市内の百貨店は冷静に比較・評価されていたことがうかがえる。
百貨店開業ラッシュの中で「スーパーが少ない」との声も
また同じ調査では、「スーパーが少ない」という声も少なくなかった。ハレの場としての百貨店よりも、日常の買い物を支える実用的な商業施設を求める需要が、すでにこの時点で強かった可能性がある。
つまり、「東京に近いから客足を取られた」のではなく、百貨店が市川市の商業の中核として定着する以前から、購買行動が都心志向へと再編されつつあった可能性が高い。




















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