「家の中にビニールハウス」を作った男の植物生活。いとうせいこうさんがたどり着いた"還暦間近の切実な日々"と"室内園芸の極意"

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だから断然、小型ビニールハウス(骨組みは緑色)がオススメだ。ハウスは四角いまま縦に段を増やせる。つまり陣取るスペースが底部の面積のままで済む。

俺としては、何段かの棚が金属の網状になっているものをオススメしたい。それだと窓際の大事な太陽光を、下の段にまで届かせることが出来るからだ。

ということで昨年、冬をそろそろ越すぞと思った段階で俺はすでに、ハウス内に幾つかの小鉢を置き、そこにトマトだのラベンダーだのキュウリだのの種を蒔くと、ビニールをかぶせた。

植物は呼吸をしていて、ハウスの内側がよく曇る日がある。その生命の働きに俺は好奇心を刺激されまくったし、中の状態がよく見えなくなるとジッパーを下ろして、首を突っ込んでじろじろとすべてを見た。

相手がビニールで覆われていると、自分がガリバーになった気分がした。彼らの世界に自分が暴力的に闖入(ちんにゅう)している感覚があり、俺はなるべく首の細いジョウロでみんなを脅かさないように水をやった。

その水やりの回数はハウス内の湿気によって少なくて済んだ。ワイルドストロベリーが早めにすくすく育ち、俺に食われまいと隠れて花を咲かせる様子も可愛らしかった。食べましたけど。

春が来て、外気デビュー

そうやって俺はまるで農家気分でさらに出た芽を厳重に保管し、春が来てある程度の大きさになったのを確認すると、とうとうビニールを脱がせて小鉢どもに外気を与えたのだった。ジャジャーン。

骨格のみとなったハウスの各階に住みついた「深窓の令嬢」たちが風を受け憂慮なく育ったのは、それからわずか1カ月間である。

まず室内キュウリに葉ダニがつき、葉ダニはハウスの骨格にまで足を伸ばして勢力を誇示した。いわばビニールで守られていたハウス内に、町の不良がたかってきたのである。

他の鉢の葉の上にも連中は集合した。防虫スプレーは撒いたが、リビングの床に垂れるのは借り家だから困った。室内園芸の弱点!

そして、俺の決断は早かった。

かなりの高さに育っていたキュウリ(元令嬢)の茎3本を素早く抜き捨て、ペーパータオルで床を守った上で防虫スプレーをハウス全体にかけた。熱血町長が風紀をただすような激しさがあった。

こうして梅雨に虫に悩まされるのは室外でも室内でも同じなのだと、ルーマーはまた学びを得た。そして厳重に虫どもの外からの侵入を見張っている日々だ。室内なんだけど。

ハウスの新入たち(2020年11月)

あまりに多くの植物の死を見て、花を咲かせる自信をすっかりなくした。

その心理的外傷ゆえ、今まで敬遠していた観葉植物への愛情を持つようになったことも。とにもかくにも室内で葉を茂らせてくれることが救いになるのだ。

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