テントの内部は、ラクダやヤシの木の絵で飾られていた。巨大な革椅子が並べられ、来賓はそれに腰を下ろして熱心に耳を傾けた。夜には、大きな火が焚(た)かれ、客たちを出迎えた。
テントは仕事場だったが、カダフィはパリを私的な遊び場にもした。当初、フランスに招かれていたのは3日間だけだったのに、彼は5日間滞在することにした。
全員女性の悪名高いアマゾニアン・ガードと厖大(ぼうだい)な数の随行員がいたため、パリの街路を移動するのには100台もの自動車が必要になった。
彼は、ニコラ・サルコジ大統領に正式な軍礼に従って迎えられた。ルイ14世に魅了されていたので、ヴェルサイユ宮殿を見学することにしたときには、100人から成る「代表団」を引き連れていった。
やたらに車体の長い白塗りのリムジンでテントを出発したせいで、行く先々で交通渋滞が起こった。セーヌ川を船で下ることを希望したときには、目的地までの橋はすべて、一般の通行を禁止しなければならなかった。
カダフィはキジ狩りにさえ出掛けた。21世紀に他国を訪問している国家元首としては、きわめて異例の野外活動だ。だがカダフィにとっては、ごく普通のことだった。
傲慢で横柄、そして凶悪
世の中に対する彼の横柄なアプローチは、2008年のある出来事への彼の対応にはっきり表れている。
息子がスイスのジュネーヴの高級ホテルで2人の客室係に暴行して逮捕されたときのことだ。カダフィは翌年、イタリアとドイツとフランスに、スイスを「廃する」ように求めた。
その要求が容(い)れられないと、彼は世界中のイスラム教徒に、スイスに対して聖戦を始めるよう呼び掛けた。
そして、国家指導者は1人当たり15分話すことが通例になっている国際連合(国連)の総会で、93分間しゃべり続けた。
その演説の中で、安全保障理事会を「テロ理事会」呼ばわりし、自身のウェブサイトを宣伝し、時差ボケの愚痴をこぼし、ジョン・F・ケネディの暗殺について論じた。
1960年代後半以降リビアを支配してきたカダフィは、奇行で知られていたばかりでなく、凶悪な独裁者でもあった。




















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