80代の老人が1人で作った「民主主義を本当に守る新聞」の軌跡、ローカル局制作映画が映す日本のメディアと民主主義のヤバすぎる本質的問題
2023年1月、能登半島地震の前から五百旗頭監督の取材は始まっていた。なあなあの町議会に迫るのかと思いきや、元中学教師の滝井元之さんが手書きの新聞を作って配る姿にフォーカスしていく。
妻の順子さんと7匹の猫に囲まれ、山奥の限界集落で暮らす滝井さんは、一見ほのぼのして見えるが、毎日町のために動いている。テニススクールで子どもたちに教えるボランティア、町で困った人がいると助ける、集落に水を供給するタンクを整備し、町議会を傍聴する。傍聴者はケーブルテレビと滝井さんだけだ。
手書き新聞「紡ぐ」は2020年4月から書き始めた。議会で感じた問題を「紡ぐ」に書いて自分で印刷し、自分で配って回る。待ってくれている人がいて、部数は徐々に増えている。カンパも集まるようになり、毎年増えて今では数十万円に達している。

滝井さんを疎んじる人々もいて、町の集会でしゃべると話が長いと批判される。だが、滝井さんは正義感を振りかざす活動家タイプではない。おっとり構えて、批判も素直に受け止める。
そんな中、2024年1月1日に大地震が起きる。五百旗頭監督は心配して滝井さんに電話するが、つながらない。1月3日に、寸断された道路を越えてなんとかたどり着くと、滝井さん夫婦は無事だった。だが、何もかもが倒れ、家の中は手のつけようもない。かわいいおばあちゃん、順子さんは泣きそうだ。穴水町は倒壊した家も多く、町中がぺしゃんこになっている。
滝井さんはさっそく家々を周り、無事を確認し、できることがないか聞く。声をかけられて安心する町の人々。自分も被災したのに町のために動く滝井さんは、民主主義そのものだ。
個人メディアとローカル局が小さな町を変えた
五百旗頭監督はテレビ版の『能登デモクラシー』を完成させ、2024年5月に放送する。この映画が面白いのは、テレビ版が町に何をもたらしたかをさらに追い続けたことだ。
多重構造のメタフィクションならぬ、メタノンフィクション。滝井さんを主人公に穴水町をカメラに収めて放送した番組が、穴水町を変えていく。町政に人々の目が向き、滝井さんの価値を再認識する。「紡ぐ」へのカンパは100万円を超えた。議会の傍聴者が増え、議員たちも質問をするようになる。
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