狗奴国との戦時中の「突然の死」
『魏志』倭人伝には、「女王卑弥呼はもともと狗奴(くな)国の男王卑弥弓呼と不和である」と記され、そのため卑弥呼は、正始8年(247)に戴斯(さいし)と烏越(うえつ)らを帯方郡に派遣し、卑弥呼政権と狗奴国が互いに戦っている状況を報告している。
これに対して、魏は帯方郡の官吏の1人である張政を倭国に派遣し、黃幢(こうどう)と檄文を贈った。
黃幢とは黄色い旗のことで、黄色は魏の皇帝のシンボルカラーである。つまり、黃幢は魏の官軍を意味する。
この直後、卑弥呼は死去したことが記されている。
