「恋愛至上主義」のあの時代を描く名作マンガ 安野モヨコ「ハッピー・マニア」支持されるワケ

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そんな向井だが、決してモテないわけではない。前述のとおり、ルックスも人当たりも悪くないので、接近してくる女子は少なくない。会社の派遣社員に思わせぶりな態度を取られ、義弟の店のバイト女子にキスされる。が、どちらもあっさりフラれて落ち込み、思わず元カノ・美和子のFacebook(作中では「FaceLook」)を見て自分関連の投稿が全消しされてるのを知ってまた落ち込む。そうかと思えば、過去に飲み会で一緒になって一度だけエッチした相手から突然連絡があり、婚活疲れしたという彼女に「私と…結婚に向かってみるってどうでしょう?」と真顔で提案される。さらには、学生時代のサークル仲間との飲み会で、来ないはずの美和子と再会し……。

『こっち向いてよ向井くん』
ねむようこ『こっち向いてよ向井くん』(祥伝社)フィールコミックス2巻p142-143より

恋愛とは?結婚とは?幸せとは?

浮かれたり沈んだりの向井の迷走ぶりが笑える……と言いたいところだが、男にとっては身につまされる部分も多々あり。義弟の店の常連で、向井が愚痴ったり相談したりする辛辣女子・坂井戸が、女性心理や男の勘違いについて解説するセリフが最高に鋭利で刺さりまくる。もちろん女のほうにもいろんな思惑や間違いがあって、だからこそすれ違い、傷つけ合うことにもなるのだが、「恋愛がうまくいかない男はとりあえずコレを読め!」と言いたいぐらい芯を食った(痛い)描写のてんこ盛りなのだ。

キャラクターの微妙な表情、ダブルミーニング満載のセリフ、心情を可視化した比喩など、マンガ表現としても巧み。恋愛とは? 結婚とは? 幸せとは? という向井の個人的苦悩から、ジェンダー格差や結婚圧力、家父長制や「男らしさ」の呪縛など、社会構造の問題にもつながっていく。昭和~平成初期の「恋愛こそ正義」というのとは違う複層的な視点のドラマは、時代の最先端を鮮やかに描き出す。

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南 信長 マンガ解説者

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みなみ のぶなが / Nobunaga Minami

1964年、大阪生まれ。マンガ解説者。朝日新聞読書面コミック欄のほか、各紙誌でマンガ関連記事を企画・執筆。著書『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』(ともにNTT出版)、『やりすぎマンガ列伝』(角川書店)、『1979年の奇跡 ガンダム、YMO、村上春樹』(文春新書)、『漫画家の自画像』『メガネとデブキャラの漫画史』(ともに左右社)など。2015年より手塚治虫文化賞選考委員も務める。

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