元寇までさかのぼらないと一方的な侵略を受けた歴史がなく、豊臣秀吉の朝鮮出兵から日中戦争・太平洋戦争まで他国への一方的な侵略を繰り返してきた日本は、世界の中でもまれな国なのである。ウクライナに対してロシアの占領に抵抗せず停戦せよと言う者は、日本が一方的に侵略した中国で三光作戦とまで呼ばれた残虐な作戦行動を展開し、グアムでは強制収容した住民の一部を虐殺、シンガポールやフィリピンなど東南アジア各国でも大規模な住民虐殺を行った事実を学んでほしい。
エストニアのサイバーセキュリティから学ぶ
侵略を経験した小国の自国防衛に対する考え方には、多くの学ぶべきものがある。その一例として、まずエストニアを取り上げたい。
エストニアは1918年に独立を宣言したが、第2次世界大戦開戦からまもない1940年、ソビエト連邦に侵略され、エストニア・ソビエト社会主義共和国としてソ連に編入された。これは独ソ不可侵条約の「秘密議定書」で、第2次世界大戦勃発の端緒となった両国のポーランド分割や、バルト三国をソ連が併合することが取り決められたことによる。
ソ連のゴルバチョフ書記長がペレストロイカ(改革)を進める中で、ソ連が独ソ戦でエストニアに対して犯した戦争犯罪が明らかになったのをきっかけに、エストニアは1990年に独立の回復を宣言、翌91年に実現させた。しかし、ロシアと国境を接するエストニアは長年、ロシアとの領土問題を抱え、現在まで解決に至っていない。
独立当初から行政手続きの電子化を進め、通話アプリSkypeを開発した国でもあるエストニアは、NATO加盟から3年後の2007年、首都タリン中心部の旧ソ連兵士銅像(独ソ戦戦勝記念碑)を撤去・移転したことで、ロシアから大規模なサイバー攻撃を受ける。これを機に、NATOとエストニア、エストニア政府と同国民間企業との連携を図りながらサイバー攻撃に対する耐性を強化してきた。
この記事は会員限定です
残り 1708文字
