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JR原宿駅、「木造駅舎」がシンボルだった街の変遷 「裏原宿」こそ本来の原宿、五輪が変えた風景

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2020年3月に供用を開始したJR原宿駅の新駅舎。以前は木造駅舎がシンボルだった(筆者撮影)
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原宿は、山手線の各駅の中では、かなり明確なイメージがある駅だ。

西側一帯は明治神宮で、初詣のにぎわいは関東でもつねに一、二を争う。東側は若者ファッションの発信地としての「原宿」。その中心が竹下口の真向かいにある竹下通りである。そして明治神宮の南側には1964年の東京オリンピックの会場である、国立代々木競技場第一体育館がそびえ、東京を代表するランドマークの1つとなっている。

原宿村からは遠かった

原宿駅の開業は1906年10月30日だ。沿線人口の増加に伴い、増設された駅である。渋谷―代々木間は2.7kmも離れていたので、その中間に新設された。日本鉄道山手線の時代の開業であったが、同年11月1日に同社は国有化されたので、私鉄の駅としての歴史はわずか2日で終わっている。駅の西側には御料地や練兵場が広がっていた。

そもそも原宿と呼ばれていた村は、今日で言えば、古道を拡張して建設された明治通りのさらに東側、表参道から北の青山通りまでにかけての一帯。住所では神宮前2、3丁目付近に当たる。

原宿駅は原宿村からは少し離れていた。要するに駅周辺には目立った人口の集積はなかったため、駅名は最寄りの村から採られたのである。ちなみに、開業時の駅舎は代々木寄りにあり、原宿村へ通じていた駅前通りこそが、現在の竹下通りだ。

竹下通りは内外から観光客が押し寄せる名所になった(筆者撮影)
国立代々木競技場第一体育館(筆者撮影)

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