空気と空調でよりよい社会を生む「百年の計」とは 「東大×ダイキン」対話から生まれたビジョン
1000人規模の連携で起きた「地殻変動」
「産学連携は、口で言うほど簡単ではありません」
ダイキン東大産学協創フォーラムの基調講演でそう指摘したのは、元・東大総長の五神真氏だ。「両方の組織が本気になったから1000人規模が行き来する連携が実現しました」と振り返る。
そうした“本気”の人材交流は、双方の組織に地殻変動をもたらした。「信頼関係が生まれる中で新たな変革のうねりが起き、社員の意識や行動の変化が生まれてきたように感じます。協創を開始したときには想像もしなかった現象です」とダイキン取締役会長の井上礼之氏は手応えを明かした。
「そこまでの変化が起こせたのは、研究開発ありきの連携ではなく、『対話』を重視してその前提部分から議論を重ねてきたのが大きい」と、対話から協創が生まれるプロセスを現・東大総長の藤井輝夫氏はこう話す。
「対話は、未知なるものを知るための実践です。ダイキンとの協創は、『空気の価値化』というコンセプトの下、どのような価値創造がありうるか、どういった未来を築いていけるのだろうかという問いの共有に基づく対話の連続でした」
空調は「エア・コンディショニングからの進化」が必要
その対話の連続によって策定されたのが「空気の価値化ビジョン」、すなわち空気に関する世界中の課題を克服し、人の生活に新たな価値を創造し、環境・社会貢献を拡大していくためのビジョンだ。ダイキンの執行役員で産官学連携推進を担当する河原克己氏は、策定には東大とダイキン双方から総計100名以上が参画したと説明した。
「東京大学が築いた革新的技術や知恵の集合である『学知』と、ダイキンが社会で磨いた空気に関わる『実践知』の結集により生まれた『産学の総合知』で、社会の根本課題について議論を繰り返しました。IEAによれば、2050年には全世界の空調機は現在の3倍(56億台)に伸びると予測されています。地球温暖化が進む中で、人の安全で健康な暮らしと経済発展のために、空調の必要性が高まり、さらに世界的に進む都市化に伴って社会インフラになりつつあることからです。
そして、将来的には快適や安全にとどまらず、知的生産性向上やコミュニケーションの活性化を可能にする空気・空間によってウェルビーイング(人と社会の幸福)に貢献していかなければならない。そのためには、空気の調和(Air-conditioning)から人間の調和(Human-conditioning)へと進化させていく必要があるという議論を進めてきました」(河原氏)
こうした濃密な「対話」のうえで生まれた「空気の価値化ビジョン」は「Cooling for All(全世界への空調の基本価値普及)」「Beyond Cooling(ウェルビーイングに貢献する未来の空気・空間の創造)」「Air as a Social Common Capital(社会的共通資本としての空気を守り育てる)」の3つの柱で構成されている。
未来社会につながるダイキンの取り組み
1つ目の柱となる「Cooling for All」は、河原氏が言及した世界の空調需要を見据えてのものだ。温暖化によってエアコンは命を守るための必需品となりつつあるが、発展途上国ではエアコンの普及が富裕層に限られている。一方でエアコンの環境負荷を考えると単純に増やせばいいわけではない。誰もが空調を使えるアフォーダビリティ(購入可能な値段であること)と、持続可能性を確保するサステナビリティを実現し空調の基本価値である「冷やす・暖める」を世界中にあまねく広めることをミッションとしている。持続可能性を守りながら、必要とする人に空調の価値を届ける「空調普及に向けたパラダイムチェンジ」を目指すものだ。
「安価かつ容易に空調を手にできるビジネスモデルの実現はさまざまな国において喫緊の課題です。空調は涼しさや暖かさを提供し人々の安全で健康な暮らしと経済発展に寄与するものですが、一方で空調が使う電気は住宅やビルにおける夏のピーク時の消費電力の約4~5割を占めており、環境に与える影響も少なくありません。空調の便益と、地球環境や資源への負荷を測定する指標を策定し、その負荷をより低くしつつエネルギー効率を向上させる空調技術も必要となります」(河原氏)
2本目の柱となる「Beyond Cooling」は、「Cooling for All」を前提として「冷やす・暖める」にとどまらず、さらなる空気の価値を積極的に創造していこうというものだ。
「未来社会で追い求めるべき『よさ』や『望ましさ』を問う中で、経済指標だけでは測り尽くせないウェルビーイングのターゲットに定めました。ウェルビーイングはどんな要素で支えられているのかを発掘・発見し、未来の空気・空間の価値を創造していきます」(河原氏)
例えば、ウイルス感染リスクの低減やアレルギー発症予防、疲労の軽減などのマイナスの環境影響を除去するにとどまらず、食事をよりおいしく感じる、より作業に集中できる、より運動効率が上がるなど、空気によってプラスの価値を創造していくということだ。
実は、この2つの柱を実現する取り組みをダイキンはすでに実践している。「Cooling for All」でいえば、タンザニアで開始した「エアコンのサブスクリプション」や冷媒に関する重要特許の無償開放、中国の空調機器メーカーとの提携によるインバーターエアコンの普及促進、欧州での冷媒の循環・再利用などがそうだ。
中でもサブスクリプションの取り組みは、購入よりもコストを10分の1ほどに抑えたうえ、高性能なインバーターエアコンを用いることで消費電力の大幅な削減も実現。冷媒を確実に回収する仕組みも取り入れて、環境負荷の低減に貢献している。冷媒に関する特許を無償開放しているのも、温暖化影響の低いエアコンの普及を加速させようという意図がある。
ウェルビーイングにつながる「Beyond Cooling」の取り組みも進めている。例えば空気の成分をコントロールする技術「DAIKIN Active CA」を活用した青果物の輸送。アボカドやバナナといった熟成が進みやすい青果にも効果を発揮し、温度制御のみの輸送と比べて日持ち期間が1.5~2倍に延びることが期待されている。世界中のさまざまな食品を新鮮なまま運ぶことを可能にすることで、豊かな食文化の醸成に寄与するだけでなく、食品ロスのような社会課題の解決にも貢献しているのだ。
このほか、コロナ禍で需要が一気に高まった患者の隔離ブース(陰圧ブース)の開発を短期間で実現。「冷やす・暖める」以外に空気が人に与える影響の測定・研究も続けている。
「社会的共通資本」として空気を守り育てる
これらの実績があるからこそ、「形のないものの価値を高めていくことは、社会をよくすることでもあり、一緒に考えるパートナーとしてダイキンは最適」と五神氏が言及するように、ダイキンとの協創を展開することで、3本目の柱となる「Air as a Social Common Capital」、つまり社会的共通資本として空気を守り育てていくことが可能になるというわけだ。
五神氏はフォーラムでの基調講演で、次のように述べた。
「空気を国境で遮られることのない、地球全体の社会的共通資本と位置づけることで、公共的な知を創造するアカデミアの貢献と、高度な専門技術を持つ企業のコミットが期待される領域であると考えます」
これは、グローバルで実績を積み重ねているダイキンの「実践知」と東大の「学知」が融合することで、社会的共通資本としての空気の価値をさらに高められるということを示している。また「Air as a Social Common Capital」は、創造した価値を社会実装するうえでのフレームワークとしての役割も果たすことになる。具体的なアプローチとして、ダイキンの河原氏は「公衆衛生への貢献」「地球温暖化による健康影響の緩和」「レジリエントなコミュニケーション空間」の3つを挙げたが、これまでの4年間の東大との濃密な「対話」が、価値創造の社会実装フェーズに突入したことの表れでもあるだろう。
新たな技術開発におけるアカデミアやベンチャー企業との協創や対話についても、「空気の価値化ビジョン」をベースとした取り組みを進めている事実が示すとおり、ダイキンの企業戦略を考えるうえでもそのコンセプトは欠かせないものとなっている。
2028年までの10年計画となる、東大とダイキンの産学協創協定。両者の知が結実した「空気の価値化ビジョン」は、急激な変化が続く社会環境において、連続的なイノベーションの創出につながる革新的な概念となりうる。空気で新しい価値を創出し、より豊かな未来社会の実現へ。空気の可能性を本気で追求する両者の取り組みは、地球全体の持続可能性にも密接に関わる「未来への指針」となることが期待されている。