「銀行の中でもずば抜けた切れ者だった。だが最後は、策士策に溺れたという印象だ」
車谷暢昭・東芝社長の辞任を報道で知った三井住友銀行の幹部はこう語った。
車谷氏は三井住友銀行の出身。副頭取まで上り詰めたものの、頭取レースに敗れ退任した。
「最後まで自分が頭取になれると信じていたフシがある。しかし元は旧三井銀行。旧住友銀行に勝てるわけがなかった」(前述の三井住友銀幹部)というのが銀行界の一致した見方だ。
実力ではなく、出自で決まるのか──。そんな憤りの気持ちが強かったのだろう。通常、副頭取まで務めた人物には、系列企業の社長の席が約束されている。ところが車谷氏はそれを蹴り、自ら探してきたCVCキャピタル・パートナーズの日本代表に就いた。
翌年、今度は東芝のトップに転じる。「車谷氏には、東芝を再建させたという実績が必要だった。というのも根底に、銀行を見返したいという思いがあったからだ」と、あるメガバンク幹部は指摘する。
3人の姿を目撃されて
そんな車谷氏は、今年に入って東証1部復帰という成果こそ収めたものの、追い詰められていく。
まず、2月に実施した上級幹部を対象にした社内の「信任調査」で、半数以上が車谷氏に不信任の意思表示をしたことがわかる。
さらに3月14日の臨時株主総会で、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントの株主提案が可決されると、取締役会議長を務める永山治氏をはじめ、プロパーを中心とする反車谷派が公然と「車谷再任」に疑問を呈し始める。
3月25日には、指名委員会が「次の社長指名はない」と車谷氏に伝え、4月19日に臨時取締役会を開催して社長交代に踏み切る手はずを整えるなど、車谷氏は外堀を埋められていった。
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