JR久大本線「由布院」駅に降り立つと、高原独特のすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込みたくなる。大分県由布市湯布院町については、「由布院」と「湯布院」という2つの表記に戸惑うかもしれない。もともとは「由布院」が地名として使われていたが、温泉地としての知名度が上がったことで、「湯布院」の表記が使用されるようになったという。
JR「由布院」駅の駅舎は、大分県出身の建築家、磯崎新氏の設計により1990年に竣工した。木造・黒塗りの瀟洒(しょうしゃ)な駅舎は礼拝堂をイメージしたものとされ、吹き抜けは高さ12メートルにも及ぶ。
駅から一歩出ると、目の前には由布岳の姿が飛び込んでくる。豊後富士とも称されるが、富士山というよりは、ヨーロッパアルプスの名峰、マッターホルンをさらにマッチョにしたかのような勇壮な山容が人々の目を引きつける。
この街が有名な温泉地となったのは戦後だ。日本人が経済的にも豊かになり、日本中の温泉地を巡るようになると、ひなびた温泉地であった湯布院にも開発の波が押し寄せた。
そうした中、立ち上がったのが現在もこの地で旅館を営む、亀の井別荘の中谷健太郎氏、由布院玉の湯の溝口薫平氏、山のホテル夢想園の志手康二氏(故人)だった。彼らが抱いたのは、湯布院を「懐かしさ」の感じられる街にしようという、シンプルな考えだった。ドイツのバーデンバーデンにあるような、森にたたずむ「静けさ」と「緑」と「空間」にあふれた温泉地とするため、昔ながらの景観を保っていこうと取り組んだ。
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